娘の引っ越しをやりきって気づいた、環境事業で培われた「積み込み技術」の正体

娘の引っ越しを、無事にやりきった。
終わってみて、正直なところ「疲れた」よりも先に浮かんだのは、妙な達成感だった。

我ながら驚いたのは、普通車にあれほどの荷物が積めたという事実だ。
お気に入りのデスクチェア、電動自転車、布団一式。
冷静に考えれば「本当に入るのか?」と思う量だ。

でも、結果として積めた。
しかも無理やりではなく、壊さず、崩さず、最後にきっちりドアが閉まった。

これは力仕事でも気合でもない。
言うなれば技術がないとできない積み込みだったと思う。

積み込みは「順番」で決まる

大きいものから?
重いものから?
それだけでは足りない。

角度、向き、重心、隙間。
そして「最後に何が残るか」を想定して、最初の一手を決める。

デスクチェアはそのままでは邪魔になる。
布団は圧縮し、電動自転車はハンドルを切り、ペダルを意識する。
一つひとつを「そのまま」扱っていたら、確実に載らなかった。

うまく折りたたみ、順番を組み替え、何度か頭の中で積み直す。
この感覚、どこかで散々やってきたな……と途中で気づいた。


これは環境事業で培った技術だ

そう、環境事業の収集運搬で叩き込まれた感覚だ。

廃棄物は、計画的に出されるものばかりではない。
「これくらいだと思うんですけど…」
そう言われて行けば、だいたい想定を超えている。

正確な量を事前にアナウンスすることは、実はとても難しい。
それを現場で受け止め、処理するのがリサイクラーだ。

多少オーバーフローしていても、
「また来ます」と簡単には言えない現場がほとんど。

だからこそ、
どう積めば残さず持ち帰れるか
あと一工夫で入らないか
という本能が騒ぐ。

今回の引っ越しでも、まったく同じ感覚だった。

「良い訳が効かない本番」

収集運搬の現場は、常に本番だ。
やり直しは効かないし、言い訳も通用しない。

積めなければ、積めなかったという結果が残る。
出来たか、出来なかったか。
ただそれだけ。

娘の引っ越しも同じだった。
積めなければ、荷物は残る。
代替案も、逃げ道もない。

だからこそ、これまでの現場経験がここぞで生きた
頭より先に体が動き、
「まだいける」「ここをこうすれば入る」という感覚が判断を支配する。

あれは、机上では身につかない。


リアルな作業で評価されるということ

今回、家族から
「よく入ったね」
「すごいね」
と素直に言ってもらえた。

この手の評価は、意外と胸に来る。

コンサルタントとしての評価は、どうしても間接的だ。
数字だったり、書類だったり、後日だったりする。

でも、こういったリアルな作業は、その場で結果が出る
出来たか、出来なかったか。
成功か、失敗か。

シンプルで、誤魔化しが効かない。
だからこそ、評価されると素直に嬉しい。

技術は、意外な場面で顔を出す

環境事業で積み重ねてきた技術は、
専門分野の中だけで完結するものではなかった。

引っ越しという、まったく別の場面で、
しかも「父親役」として役に立つ。

これは、ちょっとした発見だった。

事業で身につけたものは、
ちゃんと自分の身体に染み付いている。

そう確認できただけでも、
娘の引っ越しを引き受けて良かったと思う。


出来たか、出来なかったか。
その場で答えが出る世界に、久しぶりに身を置いた。

悪くない。
いや、むしろ、原点を思い出す良い一日だった

well beingそれではまた!!

投稿者: Keiichi Nakadai

誰よりも”濃ゆい”人生を歩んできた ・拓けていく道 ・トレード・オンへの道 ・らしさの道 を発信していきます!!

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