2時間かけて東京へ|娘の自転車を運びながら考えた「親の距離感」

娘の自転車を置きに、東京の西側まで車を走らせた。
東京とは言っても、片道2時間、、、
決して「近く」ではない距離だ。

それでも、日曜日に出かけるなら、
自転車があったほうが便利だろう、、、
そんな想いが背中を押した。

正直に言えば、少し話もしたかった。
顔を見て、近況を聞いて、
何気ない言葉を交わしたかった。

けれど、寮の食事を頼んでいるということで、
長居はせず、とんぼ返り。
2時間かけて行って、2時間かけて戻る。
用事として見れば、効率は決して良くない。

それでも、この行動を「やめておこう」とは思わなかった。
時間や距離を超えて動けるのは、
やはり親としての無償の愛があるからだと思う。

何かをしてあげたい。
何かを教えたい。
そんな気持ちがまったく無いわけではない。

ただ、本当に娘が望んでいることは、
そういうことではない気がしている。

自分で考え、自分で選び、自分で進むこと、、、
そのプロセスを尊重し、
必要以上に踏み込まないこと。

親ができるのは、
前に出ることではなく、
少し後ろで支えられる位置にいることだけだ。

だから今回は、自転車を運ぶだけでいい。
長く話さなくてもいい。
心配を言葉にする必要もない。

サポートだけできれば、それでいい。
そう思えたから、
2時間かけて行って、2時間で帰るという行動に留められた。

距離は決して近くない。
でも、距離があるからこそ、
守れる関係性もあるのだと思う。

東京の西側への往復は、
親としての立ち位置を、
静かに確認する時間でもあった

well beingそれではまた!!

投稿者: Keiichi Nakadai

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