大阪市の舞洲工場といえば、まるで宮殿やテーマパークのような独特のデザインで知られている。その大阪のごみ焼却場が、いまひっ迫状態にあるというニュースを目にした。
大阪市、八尾市、松原市、守口市のごみ処理を担う「大阪広域環境施設組合」は、「各工場のごみの貯留場所がほぼ満杯となっており、ごみの処理が追いつかない状況になりつつある」と公表した。
定期整備による停止に加え、故障による停止も重なったことが要因だという。行政としても他自治体への受け入れ要請など対応を進めているようだが、このニュースを見て改めて考えさせられた。
それは、「分別」や「リサイクル」が社会に浸透したと言われる時代であっても、まだまだ多くの人が何を焼却ごみから抜けばいいのかを十分に理解していないのではないか、ということだ。
サーキュラーエコノミーという言葉は一般的になった。
資源循環への関心も高まっている。
それでも現実には、「とりあえず燃えるごみに入れてしまおう」という行動は少なくない。
特に地域コミュニティとの接点が少ない都市部では、その傾向が強くなるのかもしれない。
自治体ごとに分別ルールが異なることも影響している。
もちろん細かな運用ルールは違う。
しかし、資源として活用できるものを焼却せず循環させるという基本的な考え方はどこの自治体も大きくは変わらない。
ところが住民から見ると、「地域によってルールが違う」という印象だけが強く残る。
すると迷った時に「確実に回収してもらえる焼却ごみへ」と流れてしまう。
これは自治体の広報不足だけの問題ではないと思う。
むしろ、私たちリサイクルに関わる事業者自身がもっと発信しなければならない。
現場を知っているのは誰なのか。
実際に回収された資源がどのように再利用されているのかを知っているのは誰なのか。
第一当事者であるリサイクラーではないか。
「資源循環が大切です」
「サーキュラーエコノミーを推進しましょう」
そうした発信ももちろん必要だ。
しかし、生活者が本当に知りたいのはそこではない。
もっとシンプルだ。
何を抜けばいいのか、、、
何を分ければいいのか、、、
何を資源として出せばいいのか、、、
というその答えだ。
すべてを完璧に分別してくださいという話ではない。
現実的ではないからだ。
しかし、焼却ごみの中から資源として活用できるものを一つでも二つでも抜くだけで状況は変わる。
段ボール。
新聞紙。
雑誌。
紙パック。
衣類。
金属類。
使用済み小型家電。
自治体によって違いはあるものの、こうしたものが焼却ごみに混ざり続けることは本来避けられるはずだ。
リサイクラーは「回収された後」の世界を知っている。
だからこそ、「これがこう生まれ変わる」という実例を伝えることができる。
その役割は自治体だけでは担いきれない。
現場で資源循環を支えている私たちだからこそできることがある。
焼却場のひっ迫は設備の問題でもあり、運営の問題でもある。
しかし同時に、社会全体の資源循環のあり方を映し出す鏡でもある。
焼却能力を増やすだけでは根本解決にはならない。
資源として循環できるものを社会全体で少しずつ抜いていくこと。
そのために必要なのは難しい理論ではなく、誰もが行動できるシンプルな情報発信だ。
「これは燃やさなくていい」
「これは資源になる」
そんな分かりやすいメッセージをもっと増やしていきたい。
焼却炉の中に眠る資源を掘り起こすために。
そして資源循環を理想論で終わらせないために。
いでよ、真のリサイクラー。
現場を知る者が、もっと前に出る時代なのだ。