映画館で得られる「没入」という体験価値
最近、映画館によく足を運んでいる。
もちろん映画そのものも面白いのだが、今日は作品の内容ではなく、映画館という場所が持つ体験価値について書いてみたい。
映画館に入ると、大きなスクリーンと迫力のある音響が迎えてくれる。映像と音に包み込まれる感覚は、自宅のテレビやパソコンではなかなか味わえない。
それは単なる設備の差だけではない気がしている。
思えば、スマホが当たり前になった現代の私たちは、常に気が散る環境の中で生きている。
通知が届く、、、
ニュースが流れてくる、、、
SNSを開けば次から次へと新しい情報が表示される。
何でもないのに少しでも情報を得よう、何か新しいことはないかと気になり探し続けている。
ひとつを確認すると、今度は別のことが気になる。そこを見終わっても、また隣の情報が気になってしまう、、、
終わりがないのあ
まるで交感神経を刺激し続ける装置の中にいるような感覚である。
そんな毎日だからこそ、映画館で過ごす約二時間には大きな価値があるのではないかと思う。
上映が始まればスマホを見ることはできない、、、
途中でメールをチェックすることもない、、、
SNSを眺めることもない、、、
目の前の作品だけに意識を向け続ける。
現代人にとっては、むしろこちらの方が贅沢なのかもしれない。
考えてみると、サウナや温泉が支持されている理由も似ている気がする。
サウナに入りながらメールの返信はできない、、、
温泉につかりながらSNSを眺めることもできない、、、
そこでは自然と一つのことに集中するしかない。
映画館も同じである。
一度に複数のことを処理することができない環境が用意されている。
スマホを触りながら映画を観ることはできないのだ。
私たちは効率化を追い求める一方で、気付かないうちに「何かをしながら別のことをする」ことが当たり前になっている。
しかし、本当に心が休まる時間や満足感を得られる時間というのは、案外その逆なのかもしれない。
ひとつのことに没入する。
ただそれだけのことが、今の時代にはとても価値のある体験になっている。
だから私は最近、映画館に行く。
映画を観るためでもあるが、それ以上に「二時間だけでも目の前の世界に没入する時間」を買っているのかもしれない。