「伝える」とは、相手の暮らしに染みていくこと
相手に伝わる表現ができてこそ本物なのだと、つくづく感じる。
仕事でも講演でも研修でも、つい「良いネタができた」「良い話ができた」というところで満足しそうになる。
しかし、本当に大切なのはそこではない
ネタをつくって終わりではない、、、
話をして終わりでもない、、、
伝えた内容が、その人の実践につながるのか。そして実感となって、その人の日常や暮らしの中に染みていくのか。
そこまで到達して初めて「伝わった」と言えるのだと思う。
今はAIの進化によって、ネタづくりは驚くほど容易になった。
文章も作れる、、、
スライドも作れる、、、
イラストや画像素材も作れる、、、
少し前なら何時間もかかっていた準備が、わずかな時間で形になる時代になった。
経営コンサルタントという仕事をしていても、その変化の大きさを日々感じる。
便利になったことは間違いない。
伝わりやすくなったことも間違いない。
しかし、それで伝わるようになったわけではない。
ここを勘違いしてはいけないと思う。
AIは伝わりやすくするための道具にはなれる。
だが、伝わることそのものを保証してくれるわけではない。
どれだけ見栄えの良いスライドがあっても、どれだけ分かりやすい資料があっても、それだけで人は動かない。
人が行動を変える時には、必ず何かしらの感情が動いている。
「やってみよう」
「自分にもできそうだ」
「なるほど、そういうことか」
そんな小さな心の変化が起きて初めて、実践につながる。
だから最後は、人なのだと思う。
想いを持った人が、その想いをあたたかく届けられるかどうか。
そこに尽きる。
私の身近にも、そんなスピーカーがいる。
決して声を張り上げるわけではない。
相手を論破することもない。
自分の正しさを押し付けることもない。
話し方に角がない。
相手の理解度や反応を見ながら、あくまで相手のペースで進めていく、、、
だから伝わる。
聞いている人が置いていかれない。
「教えられた」というより、「気付いた」という感覚になる。
気付いたことは、自分ごとになる。
自分ごとになったことは、行動に変わる。
そして行動は、やがて習慣になる。
伝えるとは、そういうことなのだろう。
相手の頭に情報を届けることではない。
相手の暮らしの中に、その考え方が自然と根付いていくことなのだ。
AIがどれだけ進化しても、この部分だけは置き換えられないのではないかと思う。
だからこそ、私自身も問い続けたい。
伝わる資料を作れているか、、、
伝わる話をできているか、、、
ではなく、
相手の実践につながっているか。
相手の人生や仕事に、少しでも良い変化を生み出せているか。
その視点を忘れずにいたい。
「伝える」とは、話すことではない。
相手の暮らしに染みていくことなのだ。