ありたい姿とは何か|第二領域とゴルフが教えてくれた今の満足感

第二領域を生きるということ

いわゆる「緊急ではないが、将来的には重要である第二領域」を意識した生活を送りたい自分へ――
そんなことを考える機会があった。

振り返ってみれば、単価を守ることを徹底してきた事業は、それなりにカタチになっている。
爆発的な成長でもなければ、劇的な変化でもないが、壊れにくい状態ではある。
子どもたちも独立へと向かっており、生活全体としては“そこそこ”安定していると言っていい。

数年前に描いた「ありたい姿」を思い返すと、片足はもう入っている気がする。
では、両足が入った状態とは一体どんな状況なのだろうか。
そもそも、自分の言う「ありたい姿」とは何だったのか――そんな問いをいしてみたのだ

ただ夢中になっていることが一つある。
今の自分には、ゴルフへの渇望と呼んでいいほどの向上心がある。

道具を揃え、練習に通い、本番で自分がどう成長しているかを確認する。
結果に一喜一憂しながらも、プロセスそのものが楽しい。
この「夢中になる時間」が、今の自分の全体的な満足感を確実に引き上げているのではないか

そう考えると、これはこれで悪くない。
この年齢になって、無条件に夢中になれるものがあるというのは、かなりラッキーなことではないだろうか。

生活のすべてが想定の範囲内で収まっているわけではない。
その“はみ出た部分”を、仕事ではなく趣味が担っているのなら、それでいいと思える。
何も、人生の充実をすべて仕事で背負う必要はないはずだ。

ありたい姿とは、成果が最大化された状態ではなく、
自分が自分の時間をどう使っているかに、静かに納得できている状態なのかもしれない。

第二領域を生きるとは、未来の不安を消すためだけに努力することではなく、
今この瞬間を、長い目で見て大切に扱っているかどうか、ということなのだと思う。

そんなことを、ゴルフクラブを握りながら考えている自分を、
少しだけ肯定してみてもいいのではないか――

well being それではまた!!

仕事に追い掛けられないフェーズへ|経営と現場を両輪で回すということ

仕事を追い掛ける側に立てている今、、、想うこと

いま、とにかく充実している。
仕事に追い掛けられていたフェーズを抜け、こちらが仕事を追い掛けていく側に立てている感覚がある。

「課題感がよく分からないまま、とりあえず就業時間に合わせている」
そういう状態ではなくなっている。
目の前に出てくる たんこぶ を、夢中になって潰す、、、
そのプロセスを、社員さんたちと両輪で回せていることが、何より大きい。

同じ景色を見ている、とは限らない

しかしだからと言って全員が同じ方向を向いているわけではない。
それは望む話でもないし、現実的でもない。

経営者と、雇用されている立場の人間、、、
この構造は、良い悪いではなく、そもそも前提が違う。
責任の質も、時間の使い方も、意思決定の重さも異なる。

そこを無理にフラットにしようとすると、必ず歪みが生まれる。
だから私は、その違いを認識した上で動いている。

距離を縮め、そして距離を取る

意識しているのは二つだけだ。

ひとつは、いい意味で同じ釜の飯を食べること
現場の温度、迷い、試行錯誤をできるだけ共有する。
それによって、思考の文脈をそろえる。

もうひとつは、いい意味で同化しないこと
距離を取り、立場の違いを保つ。
決めるべきところは決める。
引き受けるべき責任は引き受ける。

この二つは矛盾しない。
むしろ、両立させなければ組織は前に進まない。

一貫しないフィードバックに振り回されながら

正直に言えば、楽なことばかりではない。

思いつきのようなフィードバックが出ることもある。
「この前と言ってること、全然違うよね?」
そんなふうに思い戸惑うことは日々あるコトだ

でもそれでもいいと思っている。

状況が変われば、最適解は変わる。
検討が進めば、見る角度も変わる。

コンサルの醍醐味とは、そういう一貫しなさを引き受け続けることだと思う。

追い掛けるフェーズにいられることの価値

仕事を追い掛けられているときには、見えなかった景色がある。
追い掛ける側に回って、初めて分かる景色もある。

完璧ではない。
全員が納得しているわけでもない。
それでも、たんこぶを一つずつ潰しながら、前に進んでいる実感がある。

いまのこのフェーズを、ちゃんと味わっておきたい。
この充実感は、次の修羅場を越えるためのエネルギーになるはずだから。

well being それではまた!!

なぜハーマンミラーのエンボディチェアを選んだのか|座ることが“プラス”に変わる体験

椅子を変えると、仕事の質が変わる

― ハーマンミラー エンボディチェアを迎え入れた ―

素晴らしい椅子を調達した。
ハーマンミラーのエンボディチェアである。

メーカーであるハーマンミラーは、知る人ぞ知るブランドだ。
オフィス家具、とりわけ「座る」という行為を徹底的に研究し尽くしてきたメーカーであり、単なる高級家具メーカーとは一線を画す存在だと思っている。

そして、このエンボディチェア、、、
見た目だけで選んだわけではない。
デザインはもちろんだが、それ以上に機能が秀逸だ。

座った瞬間、身体に「吸い付いてくる」感覚

初めて座った瞬間、少し驚いた。
吸い付くような座り心地……という表現が一番近い。

こちらが無理に姿勢を合わせにいくのではない。
椅子がこちらの姿勢についてくる
体重のかかり方、背骨のカーブ、骨盤の位置。
それらを探り当てるように、自然にフィットしてくる感覚がある。

「こんな椅子があるんだな」と、率直に思った。

座ることは、本来マイナス要因である

そもそも、座るという行為は身体にとって必ずしもプラスではない。
長時間座れば血流は悪くなるし、筋肉も固まる。
どんな椅子でも、少なからず負担はかかる。

一般的な椅子は、
マイナス100になるところを、マイナス50くらいで抑えれるを売りにしていて
それが「良い椅子」と呼ばれるものだと思っている。

だが、エンボディチェアは違う。

マイナスを、プラスに引き上げる椅子

この椅子は、
マイナス100をプラス100にまで引き上げようとする設計がなされている。

座るという行為そのものが、
できる限り合理的な姿勢になるよう「設えられている」。

背骨を支えるバックフィット構造、
身体の動きに連動する座面、
血流を妨げにくい構造。

結果として、
「座っている方が身体が楽だ」と感じる瞬間が確かにある。

デスクワークの自分には、強烈に刺さった

自分は完全にデスクワークの人間だ。
考え、書き、整理し、判断する。
そのほとんどを椅子の上で行っている。

つまり、
椅子は仕事道具そのものであり、
パフォーマンスを左右する重要な要素でもある。

そう考えたとき、迷いはなかった。
価格ではなく、価値で判断した。
結果、即決だった。

この椅子に、自分をしみ込ませていく

おそらくこのエンボディチェアは、
自分が死ぬまで問題なく稼働するだろう。

だからこそ、
この椅子に自分をしみ込ませたいと思っている。

汗も、涙も、喜びも。
考え抜いた時間も、迷った時間も。
すべてをこの椅子の上で積み重ねていく。

これからのパフォーマンスがどう変わるのか。
正直、かなり楽しみだ。

道具を変えるということは、
覚悟を新しくするということでもある。
この椅子とともに、もう一段豊かな人生を歩みたい

well being それではまた!!

結果が出ない時期を超える|週二ゴルフとアプローチ練習から学んだこと

さて、週二のゴルフを敢行してみる

さて、週二のゴルフを敢行してみた。
カラダ全体のコンディションは悪くない。むしろ動き自体は軽いと言っていい。ただ、やはり膝だけは重たくなっている

それでも、雨風があるコンディションの中でもラウンドをこなせたという事実は、小さくない。条件が悪いからやらない、ではなく、条件が悪くてもやる。その積み重ねが今の自分の身体と向き合う材料になる。

そして、長年の課題だったアプローチ、、、
ここにきて、ようやく「自分の感覚」が出てきている。

ウエッジは不得意クラブなのかもしれない――
そんなふうに、何度も勝手に一般化し、歪曲化してきた。「自分はこれが苦手だ」「向いていないんだ」。そう思ったほうが、ある意味ラクだからだ。

それでも、ココロのどこかでは、
「本当にどうにもならないのか?」
「やり方の問題なんじゃないか?」
そんな声が消えなかった。

だから練習を積み上げてきた。
練習場ではいい感覚が出る。
でも、コースでは結果が出ない。
それでも繰り返してきた。

正直、何度も同じところを行ったり来たりしている感覚だった。
だが、たぶん――止めなかったから、超えたのだろう。

今日、強く感じたのはこれだ。
今日やることに、いちいち効果や結果を求めても、目に見えない。

こちら側から毎日ちらちら成果を見に行っても、状況は変わらない。
花は、こちらが見ているから咲くわけではない。

向こうから花開くその日まで、
こっちはただ、やっていればいい。

ここは根気との勝負になる。
「やったから、やった分だけ」という単純な話ではない。
だが、やっていなければ、
絶対にその地点に達することはできない

それだけは、間違いない。

また谷に差し掛かるときも来るだろうが、、、昇りになるまでくだってみてもいい

well being それではまた!!

思い通りにいかない日々でも進んでいる理由|一進一退の仕事論

一進一退の毎日、それでも流れは前へ

毎日とは、、、一進一退を繰り返すモノと思うことがある。
昨日うまくいったことが、今日はまったく噛み合わない。
午前前に進んだと思ったら、気づけば午後には半歩下がっている。

ただ、そんな日々を過ごしながら、ふと「あれ?」と驚く瞬間もある。

以前なら手を焼いていたトラブルに、自然と対応できている。
こういう稼ぎ方は自分には無理だと思っていたことが、今では当たり前の選択肢になっている。
我ながら「こんなことも出来るようになったのか」と思う場面が、確かに増えている。

一方で、自分ではどうにも出来ないこともある。
契約の縮小、、、相手の事情による方向転換、、、市況の変化、、、
どれだけ丁寧に積み上げていても、外から決まってしまうことはある。

それは資産形成でも同じだ。
自分が何かをしなくても、気づけば増えてくれている時もある。
逆に、どれだけ考えても手が出せない期間もある。
コントロールできることと、できないことが確かにある。

だからやっぱり思うのだ
とにかく「今、出来ること」をやっておくしかないのだと。

一気に進まなくていい。
大きな成果を狙わなくてもいい。
今日一歩、昨日より少し進んでおくこと。
今をちゃんと生きておくこと。

そうしてしばらく経って、全体を見渡してみると分かる。
確かに進んでいる部分がある。
同時に、退いている部分もある。
でも、それら全部を含めて「流れ」は止まっていない。

大河も、最初は一滴の水滴から始まる。
目の前の小さな一滴を、今日も落とし続けることこそ

今を創り明日を奏でる

well being それではまた!!