人付き合いは3種類で考える。「特に付き合わなくて」という選択

「特に付き合わなくていい人」

年齢を重ねるほど、人付き合いについて考えることが増える。

世の中には大きく分けて三種類の人がいると思っていて、、、

ひとつは、これからも積極的に付き合いたい人。

もうひとつは、どうしても付き合いたくない人。

そして最後が、特に付き合わなくてもいい人だ。

もちろん、この分類は固定ではない。昨日まで付き合いたかった人が今日もそうとは限らないし、逆のこともある。人も環境も変化するのだから、その時々で移ろっていく。

だから「この人とは一生の付き合いだ」とか、「もう二度と関わらない」とか、そんな大げさな決断をいつもする必要はないと思う。

そんな時に便利なのが、「特に付き合わなくていい人」という選択肢である。

人は嫌いな相手ほど意識してしまう。

毛嫌いすると、その人の言動が気になる。何を言った、何をした、なぜあんなことをするのか。こちらの時間も感情も持っていかれる。

しかし、「特にいいや」となれば違う。

そこに強い感情はない。

無理に距離を縮めることもないし、わざわざ遠ざけることもしない。

ただ自然と接点が減っていくだけだ。

実はこれが一番楽なのかもしれない。

何事も極端になると、こちらが奪われるものが多い。

好きすぎても振り回されるし、嫌いすぎても振り回される。

どちらも平穏とは言い難い。

だったら、「特に付き合わなくていい」で十分だ。

期限を決める必要もない。

一年後にまた付き合いたくなるかもしれないし、二度と接点がなくても構わない。

無期限に「特に」でいいのである。

中には、「昔あれだけ世話になったのに」と言う人もいるだろう。

確かにそんな相手はいる。

助けてもらったこともある。

支えてもらったこともある。

感謝すべき出来事がいくつもある。

それでも人は変わる。

相手も変わるし、自分も変わる。

どんなに世話になった経緯があっても、「どんなに」「どんなに」が積み重なったとしても、今の自分にとって「特に付き合わなくていい人」になっているなら、それは決しておかしな判断ではない。

過去への感謝と、これからも付き合うことは、必ずしも同義ではないからだ。

世間一般では、それを薄情と呼ぶかもしれない。

義理を欠いていると言われるかもしれない。

しかし、これから先の人生を考えた時、建前ばかりで人付き合いを続けるには時間があまりにも貴重だ。

限られた時間を誰と過ごすのか。

限られたエネルギーを誰に使うのか。

その選択は若い頃よりずっと重要になってくる。

だから私は、「付き合いたい人」を大切にしながら、「付き合いたくない人」に感情を使わず、「特に付き合わなくていい人」はそのままにしておけばいいと思っている。

白黒つけなくてもいい。

敵を作らなくてもいい。

ただ、自分の人生の中心に置く人を選べばいい。

年齢を重ねた今だからこそ、そんな柔らかな線引きが心地よい。