普通の一日を誇ろう。日々の継続が人生を支えている

取るに足りない一日の尊さ、、、

今日も平たく言えば、取るに足りない一日だった。

誰かの役に立ったのかと問われれば、「ものすごく役立ちました」と胸を張れるほどではない。自分自身の成長を加速させたのかと聞かれても、「劇的な変化がありました」と言えるわけでもない。

仕事を普通にこなし、ゴルフの練習に行き、ジムで汗を流した。

それだけだ。

でも、それだけの一日を今日も無事に終えられた。

その証拠に、一日の最後にこうしてブログを書いている。

世の中には、毎日が挑戦の連続で、起業家精神にあふれた華々しい日々を送っているように見える人がいる。新しい事業を立ち上げ、世の中を変えるようなアイデアを語り、常に前進しているように見える。

正直に言って、今日の私はそんな一日ではなかった。

昨日もそうだったし、その前の日もそうだった。おそらく明日も同じだろう。

けれども、よく考えてみると、人生というのはそういう地味な毎日の積み重ねでしかできていない。

特別な一日が人生を作るのではない、、、

何事もなく仕事ができたこと、、、

体を動かす時間を確保できたこと、、、

健康で一日を終えられたこと、、、

そして、また明日を迎えられること、、、

そんな当たり前の連続こそが日常であり、人生そのものなのだと思う。

尊いものというのは、案外目立たない。

静かで、控えめで、いつもそこにある。

だからこそ見落としやすい。

「自分はアントレプレナーだ」

そう声高に叫びながら、足元にある大切なものや身近な人との関係、日々の暮らしを置き去りにしてしまう人もいる。

もちろん全部を否定するつもりはない。

しかし、目の前の仕事をきちんとこなし、自分の身体を整え、普通の日常を維持することもまた立派な挑戦だ。

むしろその継続こそ簡単ではない。

派手さはなくてもいい。

称賛されなくてもいい。

今日も一日を無事に終えた。

それだけで十分胸を張っていい。

地味な毎日を積み重ねている自分を、少しくらい誇ってもいいのだと思う。