人生初の災害ボランティアで感じたこと ~「まさか自分が」の時代に生きる~
熊本地震が再び起きて、、、さらに線状降水帯による豪雨災害が多発し、都市型洪水のニュースを目にしない日はないような昨今である
テレビや新聞で見ている時はどうしても「大変だな」という感想で終わりがちだが、何度も繰り返される災害の報道に触れるなかで、これは決して他人事ではないと感じるようになった。
そんな思いに背中を押され、人生で初めて災害ボランティアに参加してきた。
まずは参加したという一歩
私が参加したタイミングは、復旧作業としてはかなり終盤だった。
泥かきや家財の搬出といった過酷な作業はほぼ終わっており、初心者でも対応できるレベルの作業だったため、正直なところ肉体的な負担はそれほど大きくなかった。
それでも、これまで「気になっている」だけだった自分が、実際に現場へ足を運んだという事実は大きい。
完璧に役立てたかどうかではなく、まずは参加したという形を残せたことが自分にとっては大切だった。
ボランティア不足だと思っていた
参加前、やっぱ「人手不足なのだろう」と思っていた。
ところが現実は違った。
災害ボランティアセンターへの応募は想像以上に多く、週末だから行こうかなと思っても募集人数に達して締め切られてしまうことも珍しくない。
これは本当に驚いた。
ニュースでは人手不足が取り上げられることも多いが、その一方で「何かしなければ」と思っている人はこんなにもいるのだと知った。
現場でさらに驚いたこと
そしてもう一つ驚いたことがある。
参加者の顔ぶれだ。
体力自慢の若者や、いわゆるガテン系の人ばかりを想像していたのだが、実際にはそうではなかった。
女性もいる、、、
中高年の方もいる、、、
決して力仕事向きとは思えないような方々も参加している。
もちろん作業内容によって役割は違う。
それでも皆に共通していたのは、
「何かをせずにはいられない」
という気持ちだったように思う。
誰かのために何かしたい、、、
困っている人を少しでも助けたい、、、
そんな思いを持つ人がこんなにもたくさんいることを知り、少し心が熱くなった。
世の中、まだまだ捨てたものではないのだ
環境事業者としての経験が活きた
一方で、私自身にとっても発見があった。
私は普段、環境関連の事業に携わっている。
そのため分別作業や現場での安全管理、効率的な作業手順の組み立てなどは比較的慣れている。
現場では自然と体が動いた。
周囲の方から「いったい何者なんですか?」と言われる場面もあり、少し照れくさかったが悪い気はしなかった。
普段当たり前にやっていることが、災害現場では役に立つ。
そして改めて感じた。
やっぱり私の現場力は武器なのかもしれない。
災害ボランティアに参加したことで、人の役に立てたという実感とともに、自分自身の自己肯定感もずいぶん上がった気がする。
都市型洪水は河川の近くだけの問題ではない
今回、現場で教えてもらった話の中で特に印象に残ったことがある。
線状降水帯による都市型洪水は、大きな河川の近くだけで起きるものではないということだ。
むしろ小さな川や水路のほうが危険なケースもある。
本流の増水によって水が流れ込めなくなったり、流されてきた草木が詰まったりして水位が急上昇する。
一見すると穏やかな小川が、短時間で住宅地を飲み込む水害の原因になることもあるそうだ。
私たちはつい、
「うちは大きな川から離れているから大丈夫」
と思いがちだ。
しかし現実には、そう言い切れない時代になっている。
明日は我が身
今回のボランティア参加で感じたのは、災害支援の大切さだけではない。
「被災者になる可能性は誰にでもある」
ということだ。
日本のどこに住んでいても、大地震や豪雨災害と無縁ではいられない。
今日ボランティアに行った場所が、明日は自分の住む街かもしれない。
支援する側と支援される側は、実は紙一重なのだ。
だからこそ、一度でも現場を経験しておく価値は大きいと思う。
今回は人生初の災害ボランティアだったが、多くの学びと気づきを得ることができた。
そして何より、人のために動こうとする人たちの存在に触れられたことが一番の収穫だった。
「何かをせずにはいられない」
その思いを持つ人がたくさんいる社会なら、日本もまだまだ大丈夫だ。
そう感じられた一日だった。
災害は他人事ではなくなった。
しかし同時に、困った人を放っておけない人も確実に存在する。
その両方を見たからこそ、今回の経験は単なるボランティア参加ではなく、「自分も地域社会の一員なのだ」と再認識する機会になった。
次は支援する側かもしれないし、支援される側かもしれない。
その時に慌てないためにも、日頃から備えとつながりを大切にしていきたい。