本当に今日やる必要があるのか? ルーチンを疑うことで見えてくる新しい選択肢

本当にそうしなくてはならないのか、、、

最近、自分の中で意識していることがある。

「本当にそうしなくてはならないのか?」

そしてもう一つ。

「それって本当に自分がそうしたいのか?」

そんなふうに、一度立ち止まってみることだ。

例えば、私は中二日ペースで晩酌を楽しんでいる。

先日もちょうどそのタイミングだった。しかも出張の日、、、仕事が終わればいつもの居酒屋に寄って一杯やろうと思っていた。

ところが、その店がたまたま休みだった。

出鼻をくじかれた、、その瞬間にふと思った。

「今日、飲まなくちゃダメなのかな?」

普段なら代わりの店を探していたかもしれない。

でも少しだけ立ち止まって考えてみた。

飲まなければサウナに行ける、、、

飲まなければ仕事をもう少し進められる、、、

飲まなければ翌日に回して、妻と一緒に楽しむこともできる、、

考えてみると、選択肢はいくらでもあった。

その場では「今日は飲む日」と思い込んでいたが、実際にはそうではなかったのだ。

もちろん、適度に楽しみを取り入れることは大切だと思う。

好きな店で飲む時間も、日々のリフレッシュとして価値がある。

しかし、それがいつの間にかルーチンになり、「そうすること」が目的になってしまうと少し違う気がする。

本来は楽しみのための行動なのに、その行動に縛られてしまう。

そして、その周りにある別のメリットや可能性を見えなくしてしまう。

それは少しもったいない。

ルーチンにはもちろん意味がある。

毎日同じリズムで生活することは、心や体を安定させる。

仕事でも生活でも、継続する力は大きな武器になる。

だからルーチンそのものを否定したいわけではない。

ただ、時にはそれを少しだけ崩してみることにも価値があると思う。

マイナスに崩すのではなく、プラスに崩す。

いつもの選択を疑ってみる。

別の可能性を探してみる。

あえて違う行動を選んでみる。

そんな小さな変化が、新しい発見や思いがけない充実感につながることがある。

「今日はこうする日だから」

そう決めていることほど、一度問い直してみる。

本当にそうしなくてはならないのか。

それとも、ただ慣れているだけなのか。

そんな問いを持つことで、日常はもう少し自由になるのかもしれない。

ルーチンで日常を支えることの大切さを認めながらも、ときには意識的に揺らしてみる。

先日の居酒屋の定休日は、そんなことを考えさせてくれる小さな出来事だった。

映画館の価値は映画だけではない|現代人に必要な『没入する時間』

映画館で得られる「没入」という体験価値

最近、映画館によく足を運んでいる。

もちろん映画そのものも面白いのだが、今日は作品の内容ではなく、映画館という場所が持つ体験価値について書いてみたい。

映画館に入ると、大きなスクリーンと迫力のある音響が迎えてくれる。映像と音に包み込まれる感覚は、自宅のテレビやパソコンではなかなか味わえない。

それは単なる設備の差だけではない気がしている。

思えば、スマホが当たり前になった現代の私たちは、常に気が散る環境の中で生きている。

通知が届く、、、

ニュースが流れてくる、、、

SNSを開けば次から次へと新しい情報が表示される。

何でもないのに少しでも情報を得よう、何か新しいことはないかと気になり探し続けている。

ひとつを確認すると、今度は別のことが気になる。そこを見終わっても、また隣の情報が気になってしまう、、、

終わりがないのあ

まるで交感神経を刺激し続ける装置の中にいるような感覚である。

そんな毎日だからこそ、映画館で過ごす約二時間には大きな価値があるのではないかと思う。

上映が始まればスマホを見ることはできない、、、

途中でメールをチェックすることもない、、、

SNSを眺めることもない、、、

目の前の作品だけに意識を向け続ける。

現代人にとっては、むしろこちらの方が贅沢なのかもしれない。

考えてみると、サウナや温泉が支持されている理由も似ている気がする。

サウナに入りながらメールの返信はできない、、、

温泉につかりながらSNSを眺めることもできない、、、

そこでは自然と一つのことに集中するしかない。

映画館も同じである。

一度に複数のことを処理することができない環境が用意されている。

スマホを触りながら映画を観ることはできないのだ。

私たちは効率化を追い求める一方で、気付かないうちに「何かをしながら別のことをする」ことが当たり前になっている。

しかし、本当に心が休まる時間や満足感を得られる時間というのは、案外その逆なのかもしれない。

ひとつのことに没入する。

ただそれだけのことが、今の時代にはとても価値のある体験になっている。

だから私は最近、映画館に行く。

映画を観るためでもあるが、それ以上に「二時間だけでも目の前の世界に没入する時間」を買っているのかもしれない。

動いたから気がつけた‼︎

“動けることに気がつく”

さてグルグルしていた月曜日もエイっと進んでみる 案ずるほどではないことは積極的に進んでみると分かる 

とはいえ早く休んだ方がいい なので日中出来ないウオーキングを屋内含めてやりまくり身体を疲れさせてみる

動かすと身体とココロが起きてくる 水分が不足しているコトに気がつきアイスコーヒーを流しこむ 動かないとこんなエラーにも気がつけないのだ

動いて整える 

動けば整う

動けば動けることに気がつく

よしもうちょっと動くか

well being それではまた‼︎

イロイロは誰にでもある‼︎

“世論に期待したい、、、”

昨日の体操選手の話題の続き、、、いつかも書いたがタイガーウッズをやっぱり思い出す スキャンダルや交通事故も全部自分が招いたコト、、、それでも禊ぎが終わった今では彼の復活勝利を応援する そんな雰囲気しかない 

もちろんタイガーの類い稀ない精神力の賜物ではあるが やっぱ寛容性がある社会がバックにあるのかないのかは大きいと思っている

人間だからイロイロある 調子に乗るのも当たり前でそのグロい性根がのし上がりの原動力になる

だけどそこは嗜めれば良いだけで、、、特に関係ない外野が攻撃する権利はない 何も叩き潰すコトはない

社会的制裁はどうやっても受けるのだ関係者からは だからそれ以外は関係ないのだ だから見守るだけで良い

受け入れるかどうかは世論の方だ そこに是非期待したい

well being それではまた‼︎

自分に優しくで人にも優しく‼︎

“選択肢の幅を広げる経験を積み重なたオヤジになりたい”

膝の痛みで行動が止まっている 今までウオーキングで調子を整え “歩けば行ける”が気持ちを前向きにさせていたのだ

そんな中の膝の痛み、、、歩き過ぎて壊してしまっても仕方ないのでペースを落としつつケアをしっかりやりたいと思う

マッサージやストレッチで労わり労わり そんなお年頃なんだろう この前の研修旅行でも自分が見た感じ年上だろうなと思っている人が年下になって来ている

ということは、、、と我を振り返った訳でwwwやっぱ労わる年代になってきたのは間違いない

年齢を重ねて経験が積み上がってくる その経験をしなやかに活かせれば強くもなり しかし老害になってしまいそんな経験して来なかった方が、、、にならないように常に言い聞かせている

モノごとを否定的に見ていてもつまらなくなるだけで 好天的に見るのは本当にできないのかは考えていきたい

経験が選択肢の幅の広さになるはずで、、、そうなるように更に色々見聞きしていきたいと思っている

だから労わらないとだw

今日もゆっくり進みます

well being それではまた‼︎