“評価はいつも相対的であり移ろうものであること”を証明できた!!

ポータブルスキルが幅広く“自分しか救えない人”を救うのだろう、、、

「全否定」されたあの日のことは、今でも身体のどこかに残っている。言葉ではなく、空気や沈黙、視線の温度で伝わってくる否定。あれから5年。時間がすべてを癒したわけじゃないけれど、あの痛みがなければ、今の自分の輪郭はここまで明確にはならなかったと思う。

あの頃は、組織に属することがすべてだった。そこに深く入り込み、期待に応え、成果を出すことでしか、自分の価値を証明できないと思っていた。けれど、今は違う。どこにも属さず、複数の業界やプロジェクトを横断しながら、自分のリソースを少しずつ配分していく。そんな働き方が、今の自分にはしっくりきている。

一つの組織にいれば、ある程度の前提が共有されている。空気を読む必要も、言葉を選ぶ必要も、ある意味では少ない。でも、今の自分のように、日替わりで異なる現場に立ち続ける働き方では、毎回ゼロから関係を築き、信頼を積み上げていかなければならない。そこには、スキルや知識以上に、「どう在るか」が問われる。

だからこそ、「興味を持つことに興味を持つ」という姿勢が、何よりも大切になってくる。相手を知ろうとすること。背景を想像すること。感情や批評から入るのではなく、まずは尊重と共感から始めること。それができるようになったのは、きっとあの「全否定」の経験があったからだ。

今の自分は、ようやくその痛みを、誰かのために使える段階に来たのかもしれない。自分の経験をフィードバックとして差し出し、そこから返ってくる反応を、自分の糧として受け取る。そんな循環が、少しずつ生まれてきている。

ポータブルスキルとは、単に「どこでも通用するスキル」ではないと思っている。それが、幅広く「自分にしか救えない誰か」を救うための力になっている。誰かの絶望に、そっと寄り添える力。かつての自分のように、立ちすくんでいる誰かに、言葉ではなく、在り方で示せる力。

この働き方が正解かどうかなんて、正直わからない。でも、少なくとも今の自分は、ここに意味を感じている。そしてその意味が、誰かの希望に変わる瞬間があるなら、それだけで十分だと思っている

面白くなってきている、、、期待されていることは分かってきた

”評価は相対的である”ことを証明できたのはまずは良かった 自分を褒めたいと思う

well being それではまた!!


使命を考えてみる!!

”使命とは、、、”

53才を半年が過ぎて今想う、、、 

知識も身に着け 経験もしてきた 

そこで得た”今をまず肯定しよう”は自分こそが拡げる必要がある いや自分しかいない,,, これが所謂”使命”というものなのかもしれない

それこそ個人事業主の今のままでもいいのかもしれない しかし53年も積み上げてきたんだ それは個人事業の範囲に限るのではあまりに勿体ない

”答えに向かえるのはその人である”自分が代わりには行ってあげられない 

ただ自分が共に行ってあげることは出来る まず”いいんだよ今も”で安心して一歩を踏み出してもらう そうすれば二歩目は出ていくもんだ 

”答えはその人が持っている”

だからこっちは”いいんだよ今も”だけお伝えすればいい 進むチカラは既に持っているのだから

全肯定するサポートだけしてあげたい 

それが使命だとするならば しっかり受け止めたい 

そんな風に夕暮れの中 想うことができた

さて明日もwww

well being それではまた!!