若隆景関の大けがから考える――「膝が痛い」「手が痛い」を言い訳にしていいのか

痛みを理由にしていいのか

先日、大相撲の若隆景関のケガの記事を目にした。

大関取りが現実味を帯びていた中での大けが。しかも単なる休場ではない。力士生命にも関わりかねない大きな故障を再び負ったという現実だ。

私は相撲の専門家ではない。だが、若隆景関が置かれている立場の厳しさだけは想像できる。

力士は事業主だ。

もちろん会社員ではないし、毎月決まった給料が保証されているわけでもない。ましてや過去の実績が将来を守ってくれる世界でもない。

番付は、その場所その場所の成績で決まる。

昨日までの栄光は、次の場所では何の保証にもならない。

しかも相撲は、身体と身体を真正面からぶつけ合う競技だ。

痛いから休む、、

調子が悪いから後で取り返す、、、

そう簡単にはいかない世界である。

そんな若隆景関の状況を思うと、自分自身のことが恥ずかしくなる。

私は最近、膝が痛い、、、

右手の甲も痛い、、、

物を持つ時に違和感があるし、キーボードを打つ時にも気になる。

だが冷静に考えれば、私の仕事は後から取り戻せる。

今日できなかったことを明日やることもできる。

来週挽回することもできる。

それでも不思議なものだ。

たった右手の甲が痛いだけで気持ちが萎える。

少し体調が悪いだけで行動量が落ちる。

ほんの少しの不調で、自分のパフォーマンスは崩れ始める。

身体の痛み以上に、「やろうとする気持ち」が弱くなってしまうのだ。

しかし若隆景関は違う。

大けがをしても土俵に戻ってくる。

番付を落としても挑戦を続ける。

人生を左右しかねない故障を負っても諦めていない。

その姿を見ていると、私が「手が痛い」「膝が痛い」と言い訳をしている場合ではないと思う。

もちろん無理をする必要はない。

身体を壊してまで頑張ることが美徳だとも思わない。

だが、痛みを理由に気持ちまで止めてしまうことは違う。

できない理由を探すのは簡単だ。

痛いから、、、

疲れているから、、、

年齢だから、、、

けれど、本当に大切なのは、その状態で何ができるかを考えることなのだろう。

若隆景関は諦めていない。

だったら、自分も諦めてどうするのだ

右手の甲が痛くてもできることはある。

膝が痛くても進めることはある。

100点のパフォーマンスは出せなくても、70点や80点なら出せるかもしれない。

そして、その積み重ねが次につながる。

若隆景関の挑戦と自分を比べることなど本来おこがましい。

それでも、厳しい世界で前を向く姿から学べることはある。

今日の私は、たった少しの痛みで立ち止まりそうになっていた。

だが、若隆景関はもっと大きな痛みの中で前を向いている。

そう考えると、まだまだやれる。

いや、やらなければならない。

言い訳を並べる前に、一歩だけでも前へ進もうと思う。

「蹴り入れられたのだから、蹴り返すしかない」|ワールドカップの悔しさはワールドカップで返す

蹴り入れられたのだから、蹴り返すしかない

「蹴り入れられたのだから、蹴り返すしかない」

そんなフレーズを聞いたことがある。

少し乱暴に聞こえるかもしれない。しかし、その本質は報復ではない。やられた悔しさを、その舞台で晴らせということだ。

そうだ。

ワールドカップで味わった悔しさは、ワールドカップで返すしかない。

負けたからといって腐る必要はない。結果が出なかったからといって下を向く必要もない。

むしろ、その悔しさこそが次へのエネルギーになる。

今回の日本代表の戦いを見ていて感じたことがある。

確実に世界との差は縮まっている。

かつては「善戦した」で終わっていた戦いが、今では「勝てたかもしれない」に変わった。そして今は「勝たなければならない」という期待まで生まれている。

それだけのステージに日本は立っている。

だからこそ必要なのは悲観ではなく、建設的な姿勢だ。

何が足りなかったのか。

何を伸ばせばいいのか。

どんな準備が必要なのか。

悔しさを分析し、次への行動につなげる。その積み重ねが未来をつくる。

これはスポーツだけの話ではない。

企業経営も地域づくりも同じだ。

失敗したから終わりではない。うまくいかなかったから諦めるのでもない。

そこから何を学び、次にどう挑戦するか。

前を向く人や組織だけが成長していく。

手が届くところまで来ていることは間違いない。

世界の頂点は遠い夢ではなく、現実的な目標になりつつある。

だからもう、憧れている場合ではない。

憧れは遠くから見上げるものだ。

今の日本は違う。

追いかける立場から、勝ちにいく立場へ。

挑戦者でありながら、結果を求められるフェーズに入った。

悔しさは次への燃料だ。

蹴り入れられたのなら、次の舞台で堂々と蹴り返せばいい。

顔を上げよう。

前を向こう。

そしてまた、世界へ挑戦しよう。

ワールドカップ日本代表の挑戦から学ぶ|王者ブラジルを本気にさせた理由

日本代表が示した「思いが形をつくる力」

日本代表のワールドカップが終わった。

結果だけを見れば、頂点には届かなかったのかもしれない。しかし、今大会で日本代表が世界に残したものは、順位や勝敗だけでは語れない。

王者ブラジルを相手に果敢に挑み、相手に本気を出させた。その姿は、「アジアにこの国あり」「世界にこの国あり」と強く印象付けるものだった。

かつて世界の舞台では、体格差や身体能力の差が大きな壁として立ちはだかっていた。しかし日本代表は、その壁を言い訳にしなかった。走る。考える。支え合う。そして最後まで諦めない。

その積み重ねが、世界王者を慌てさせ、本気にさせた。

私はそこに、日本という国の強さを見る。

大きな体がなくても、大きな資金がなくても、大きな組織でなくてもいい。大切なのは、「こうありたい」という思いを持ち続けることだ。

思いは目に見えない。しかし、思いが行動を生み、行動が結果を生み、やがて形となって現れる。

日本代表は、そのことを証明してくれた。

これはスポーツの世界だけの話ではない。

地域づくりも、企業経営も、まちおこしも同じだ。最初は小さな思いから始まる。周囲から無理だと言われることもある。それでも諦めずに挑戦を続ければ、少しずつ共感する仲間が集まり、形になっていく。

世界を相手に戦った日本代表の姿は、私たちにそんな勇気を与えてくれた。

ワールドカップは終わった。

しかし、日本代表が残してくれたメッセージは終わらない。

「体が小さくても、思いは大きく持てる」

「環境に恵まれなくても、挑戦はできる」

そして何より、

「強い思いがあれば、未来の形はつくれる」

そんなことを改めて教えてくれた日本代表に、心から拍手を送りたい。