旅は自分を取り戻す時間なんだろう

いのちの洗濯は、やっぱり極上だった、、、

そんな松之山温泉。

先日ブログを書いたのだが、どうにも書き足りない。

温泉そのものはもちろん素晴らしかった。身体を包み込むような柔らかなお湯は、まさに「お湯に抱きしめられている」という表現がぴったりだった。

しかし、本当に心に残ったのは温泉だけではない。

山間に広がる静寂、、、

聞こえるのは風の音や虫の声くらいで、都会の日常では当たり前になっている雑音がない。

何もしない時間が、何とも贅沢に感じられた。

食事も良かった。

地元の食材を使った里山料理は決して豪華絢爛ではない。

けれど、その土地で採れたものを、その土地らしく味わう。

そんな当たり前のことが、とても豊かな時間に思えた。

気が付けば私たちの日常は忙しさに支配されている。

メール、、、

電話、、、

SNS、、、

仕事の予定、、、

次から次へとやるべきことが押し寄せる。

もちろん、それらも大切なことだ。

ただ、その中で忘れてしまっている豊かさもあるのではないかと思う。

静かな景色を眺めること。

ゆっくり食事を味わうこと。

温泉に浸かりながら何も考えないこと。

松之山温泉には、そんな昔から日本人が大切にしてきた時間が残っていた。

だから旅はいい。

遠くへ行くことが目的ではない。

普段の自分を少し離れ、自分自身を取り戻すことに意味がある。

よく「いのちの洗濯」という言葉を耳にする。

以前は少し大げさな表現にも感じていた。

しかし今は違う。

心も身体も整い、明日からまた頑張ろうと思える。

それは確かに洗濯なのだと思う。

しかも極上の。

松之山温泉は、そんなことを改めて思い出させてくれる場所だった。

お湯に抱きしめられる感覚、、、松之山温泉で感じた今だからこその贅沢

-今日は新潟県の松之山温泉に来てみた。

日本三大薬湯のひとつとして知られている温泉なので、以前から一度は訪れてみたいと思っていた場所だ。

実際に入ってみると、その評判に納得した。

温泉に浸かった瞬間に感じたのは、お湯の柔らかさだった。刺激が強いわけではないのに、不思議と身体全体を包み込んでくれるような感覚がある。

言葉にするなら、「お湯に抱きしめられている」という表現が一番近いかもしれない。

そして何より温かい。

ただ熱いだけではなく、身体の芯までじんわりと温めてくれる。湯から上がった後も、その余韻が長く続いていた。

正直なところ、ここまで来るのは簡単ではなかった。

まさに秘湯と呼ぶにふさわしく、決してアクセスが良い場所ではない。

それでも、その距離を移動してきた価値は十分にあったと思う。

日本には、このような場所がまだ数多く残されている。

派手な観光地ではない。

SNS映えを狙うような場所でもない。

しかし、その土地ならではの自然や文化、人々が守り続けてきた時間の流れを感じられる場所がある。

そういう場所に身を置くと、日本人ならではの楽しみ方や豊かさを改めて感じる。

若い頃は、とにかく仕事を優先していた。

新しい経験や挑戦も大切だった。

もちろん、それは今でも変わらない。

ただ、50代も中盤になると「いつか行こう」「そのうちやろう」と思っている時間は、意外と多くないことにも気づく。

だからこそ、行きたい場所には行く。

会いたい人には会う。

体験したいことは体験する。

今だからこそ味わえる楽しみを大切にしたいと思う。

松之山温泉のお湯に浸かりながら、そんなことを考えた一日だった。