「許可が、、、」では済まされない ― 熊本地震を経験した地域で起きた痛ましい事故から考えるリーダーの責任

先日報じられた事故に、強い痛みを覚えた。

熊本地震で甚大な被害を受けた地域において、一旦避難していた従業員が、売上金を金庫に戻すため再び建物内へ入り、その後発生した爆発事故に巻き込まれて帰らぬ人となったという内容だ。

報道では「イオン側の許可を得てからで、、、」といった趣旨も伝えられている。実際に再入館したという事実からすれば、確認はしたのかもしれないが今となっては分からない

しかし、「許可が出たか出なかったか」が全く本質ではないということだ。

地震発生直後に、施設管理者側が建物の安全を100%確認できているはずがない。ましてほんの10年ほど前に熊本地震という大災害を経験した地域である。構造物の損傷、ガス漏れ、設備異常など、目に見えないリスクはいくらでも存在する、、、報道に出ていないが難しい状況になっていることは容易に想像できる

だから本来、「入っても大丈夫です」と断定的に許可できる状況ではなかったはずだ。

おそらく現場では、

「戻れるなら戻ってください」 「可能であれば対応してください」

というようなやり取りだったのかもしれない。

しかし、発言者にそのつもりがなくても、受け手は違う。

特に上席者からの言葉は違う。

発言した本人は「あくまでも任意のお願いだった」と思っていても、現場の人間は「やらなければならない」と受け取ることがある。むしろ組織の中では、そのように受け取られる可能性の方が高い。

これが組織の力学だ。

平常時であれば何気ない一言で済むことも、緊急事態では人命に直結する。

だからこそ、災害時の指示や依頼には最大限の慎重さが求められる。

「無理ならやらなくていい」 「安全確認ができるまで立ち入らない」 「現金よりも人命を優先する」

こうしたメッセージが、曖昧さなく伝わっていなければならない。

今回の事故は、改めて上席者の責任の重さを考えさせる出来事だった。

もちろん、上席者は万能な存在ではない。組織上の役職が上というだけであり、絶対的な権限者でもなければ絶対的な正解を持つ存在でもない。

しかし、その立場にいる以上、発した言葉には大きな影響力が生まれる。

本人が軽く言ったつもりでも、部下にとっては業務命令になる。

本人が選択肢を示したつもりでも、部下にとっては「やるしかない」になる。

今回の事象は、その現実を痛烈に物語っている。

危機対応において優先されるべきものは、売上でも資産でもない。人命である。

そしてリーダーに求められるのは、「何を指示したか」だけではなく、「相手がどう受け取るか」を想像する力だ。

組織の上位者であることは特権ではない。

人の命に影響を与える責任を背負うということなのである。