夢中をつくるということ
「夢中をつくってみたい」
最近、そんなことをよく考えている。
このブログのテーマにあるように、自分には“全否定”の経験がある。あの時、すべてを失った感覚と向き合い、ゼロから立ち上がった。だからこそ、今は強くなっているはずだ。なのに、どうしてだろう。元来の性質なのか、費用対効果を見すぎてセーフティにしてしまう自分がいる。
確かにそれなら大きな踏み外しはない、、、けれど、大きなゲインもない。
ほくそ笑むことはあっても、、、大声で笑ったり泣いたりすることが少ない。
ほくそ笑む……泣くのを我慢する……そんなレベルでいるために今があるわけではないはずだ。
なんのための“全否定”だったのか。
一度経験したから強くなっているはずだ。
一度経験したから臆病になってどうするのだ。
だから、まずは今の契約先に思いっきり自分を投下することから始めようと思う。自分を必要としてくれている人たちがいる。その期待に応えるために、全力でやってみる。
大声で笑い、泣いてみようと思っている。
その先に、きっと自分の「夢中」があるはずだ。
そう契約先のために
そう自分のために,,,
well being それではまた!!