「生きて帰ってこれて良かった」——平野歩夢が五輪で見せた本気の軌跡

スノーボードの平野歩夢選手が、ミラノコルティナオリンピックで語った
「生きて帰ってこれて良かった」
この一言が、胸の奥に強く刻まれた。

出場すら危ぶまれるほどのケガを押して臨んだ五輪、、、
本来なら、身体を休めて回復に専念するべき状態だったはずだ。
それでも彼は、世界最高峰の舞台に立ち、あの状況から7位に食い込んだ。

あのジャンプの高さ、技の難易度、そして一歩間違えば致命傷にもなりかねないリスク、、、
そのすべてを抱えながら、それでも飛んだ。
その結果として出てきたのが、あの言葉。

「生きて帰ってこれて良かった。」

そこには、命を削るような覚悟と、限界の先まで積み上げてきた膨大な時間が滲み出ている。
自分を信じ切れたのか。
積み上げてきたものに裏切られないだけの努力をしてきたのか。
あの短い言葉に、彼のすべてが凝縮されているように感じた。

そして思う。
人間はここまで美しくなれるのか、、、

これは勝敗だけでは到達できない領域だ。
結果だけでは語れない深さだ。
自分のすべてを投じた者だけが纏う、あの静かな美しさ。

安全な場所にいながら「もっとできた」と思っている自分。
逃げ道を残しながら「全力でやっている」と言い聞かせてきた自分。
そんな自分の甘さが、彼の言葉で一気に照らされる。

本気で積み上げた者だけが、自分を信じ切ることができる。
自分を信じ切った者だけが、美しさを纏う。

ミラノコルティナでの平野歩夢選手の一言は、競技の結果を超えて、
“人はどこまで研ぎ澄まされることが出来るのか”
その問いを静かに突きつけてくれた。

やりたいのに進まない人へ|行動が動き出す「タッチの習慣」

でも、そこは言うほど簡単ではない。
毎日いろんなことが起きる中で、ストレスの原因を正面に持ってくるなんて、正直かなりしんどいのは当たり前だと思っている
だからすぐに終わるタスクから片づけて全体を軽くした気になったり、やりやすいことに飛びついて「動いている感」をつくって浸ったり…。
目の上のたんこぶだと分かっていても、いざ手をつけようとすると途端に遠く感じる。目の前にあるのに、そうやって先延ばししてしまうのだ。

だけど、それを動かさなければ状況は動かない。
これは厳然たる事実だ。
どれだけバタバタしても、核心に触れなければ何ひとつ前には進まない。

だから、まずは朝イチでさくっと触れてみたいと思っている。
いきなり全部をやろうとしなくていい。
ほんの少し、指先だけでも触れるようにタッチしてみる。
少しでも押してみる。それだけで状況がわずかに動き出す。

毎日は否応なしに始まっていく。
後でやろう、あとでまとまって時間を取ろう——そんな考えでは、流れにどんどん押し流されてしまう。
やるのは“今”なんだ。
“今触れること”が、すべてを変えていく最初のスイッチになる。

動くことより“向き合うこと”がすべてを変える

動けば変わる、、、結局のところ、物事の本質はとてもシンプルなんだと思っている。
とはいえ、ただやみくもに動いていればいいわけじゃない。動かしたい「コト」に対して、真正面から向き合う必要がある。

忙しくして“何かしている感”だけを味わっても、実態は何も前に進んでいない。むしろ、動いているだけで満足してしまい、「まあ、これだけやっていれば大丈夫でしょう」と、よく分からない安心感に浸ってしまうことすらある。

だからこそ、向き合うしかない。
苦しくても、重たくても、真正面から見つめるしかない。
目を背けるように別のことでバタバタしても、何も波及しないし、何も変わらない。

向き合った瞬間、自分の中で凝り固まっていた思考がゆっくりとほぐれだす。
思っていたほど現実は辛辣じゃないことにも気づくし、変えられる部分が意外とあることもわかってくる。

そして何より——
自分は変われる
その事実に気づくことこそ、意味がある。

逃げて塞ぎこんでいても、逃げて別のことでバタバタしていても、結局は何も生まれない。
「逃げている自分」や「動いているつもりの自分」に気づくことが、本当のスタートラインなんだと思う。

動けば変わる。
向き合えば、もっと変わる。
シンプルだけど、ずっと忘れがちな大事なことを、あらためて書き留めておきたい

今の行動が未来をつくる──劇的さより継続の一滴

まぁでも、そんなちょっとずつの積み重ねが結局は自分を満たしていくんだと思う。
毎日が劇的であるはずがない。昨日も今日も明日も、大きく見れば同じ日常の繰り返しだ。

今の目線では大した変化なんて見いだせないかもしれない。
むしろ変わらないことのほうが多いし、変わらないことに焦りを覚える日もある。

だけど、今日のことは今日にしかできない。
今日やらなかったものは、明日にはもう“今日”として扱えない。後からまとめてやろうとしても、そこにある質はまったく別物になってしまう。

今どうこうではなく、将来のための一歩は、結局のところこの「今」の行動にしか宿らない。未来をつくるのは未来の自分ではなく、今の自分だ。

大きな挑戦じゃなくていい。ドラマチックな進歩じゃなくてもいい。
たった数分でも、ほんの小さな行動でも、それが積み重なれば確実に前へ進む。

劇的じゃなくていい。ただ澱まないこと,,,
これが、歳を重ねた今の自分に残された、そして最もしっくりくる前進の仕方なのだと思う。

well being それではまた!!

勢いより積み重ねへ——程よく刺す習慣のつくり方

続・久々のゴルフラウンドで思ったことー“程よく”を刺すということ

だからこそ想う、、、“程よく”って実はかなり難しい。
全力も違う、手抜きも違う、、、でも刺さないと惰性になり、やらなければ停滞する。

過激すぎず、ソフトすぎず、ちょうどいいところに小さく針を刺すような、そんな負荷のかけ方が自分には必要なのだと思う。

明日に繋げる程度でもいい。
今日のうちに、ほんの少しでも動ければいい。
ただ、澱まなければいいのだ。

人間は止まるとすぐに気持ちまで沈殿する。考えも体力も、静かに底に沈んでしまう。逆に、どんなに小さくても一歩が刻めれば、水が循環し始めるように全体が動き出す。

若い頃は勢いで突破していたけれど、今は勢いよりも「程よさ」で続けるほうがしっくり来る。勢いは一瞬の力だけれど、程よさは積み重ねを可能にする。

膝が痛くても、白髪が増えてきても、昔の自分とは違っていても、それでいい。
今日の一歩が明日の自分をつくるのだとしたら、まっすぐに、そして焦らず刻んでいけばいい。

そんなことを想えたってことは今日も繋げたのかもしれない

well being それではまた!!