動くことより“向き合うこと”がすべてを変える

動けば変わる、、、結局のところ、物事の本質はとてもシンプルなんだと思っている。
とはいえ、ただやみくもに動いていればいいわけじゃない。動かしたい「コト」に対して、真正面から向き合う必要がある。

忙しくして“何かしている感”だけを味わっても、実態は何も前に進んでいない。むしろ、動いているだけで満足してしまい、「まあ、これだけやっていれば大丈夫でしょう」と、よく分からない安心感に浸ってしまうことすらある。

だからこそ、向き合うしかない。
苦しくても、重たくても、真正面から見つめるしかない。
目を背けるように別のことでバタバタしても、何も波及しないし、何も変わらない。

向き合った瞬間、自分の中で凝り固まっていた思考がゆっくりとほぐれだす。
思っていたほど現実は辛辣じゃないことにも気づくし、変えられる部分が意外とあることもわかってくる。

そして何より——
自分は変われる
その事実に気づくことこそ、意味がある。

逃げて塞ぎこんでいても、逃げて別のことでバタバタしていても、結局は何も生まれない。
「逃げている自分」や「動いているつもりの自分」に気づくことが、本当のスタートラインなんだと思う。

動けば変わる。
向き合えば、もっと変わる。
シンプルだけど、ずっと忘れがちな大事なことを、あらためて書き留めておきたい

今の行動が未来をつくる──劇的さより継続の一滴

まぁでも、そんなちょっとずつの積み重ねが結局は自分を満たしていくんだと思う。
毎日が劇的であるはずがない。昨日も今日も明日も、大きく見れば同じ日常の繰り返しだ。

今の目線では大した変化なんて見いだせないかもしれない。
むしろ変わらないことのほうが多いし、変わらないことに焦りを覚える日もある。

だけど、今日のことは今日にしかできない。
今日やらなかったものは、明日にはもう“今日”として扱えない。後からまとめてやろうとしても、そこにある質はまったく別物になってしまう。

今どうこうではなく、将来のための一歩は、結局のところこの「今」の行動にしか宿らない。未来をつくるのは未来の自分ではなく、今の自分だ。

大きな挑戦じゃなくていい。ドラマチックな進歩じゃなくてもいい。
たった数分でも、ほんの小さな行動でも、それが積み重なれば確実に前へ進む。

劇的じゃなくていい。ただ澱まないこと,,,
これが、歳を重ねた今の自分に残された、そして最もしっくりくる前進の仕方なのだと思う。

well being それではまた!!

勢いより積み重ねへ——程よく刺す習慣のつくり方

続・久々のゴルフラウンドで思ったことー“程よく”を刺すということ

だからこそ想う、、、“程よく”って実はかなり難しい。
全力も違う、手抜きも違う、、、でも刺さないと惰性になり、やらなければ停滞する。

過激すぎず、ソフトすぎず、ちょうどいいところに小さく針を刺すような、そんな負荷のかけ方が自分には必要なのだと思う。

明日に繋げる程度でもいい。
今日のうちに、ほんの少しでも動ければいい。
ただ、澱まなければいいのだ。

人間は止まるとすぐに気持ちまで沈殿する。考えも体力も、静かに底に沈んでしまう。逆に、どんなに小さくても一歩が刻めれば、水が循環し始めるように全体が動き出す。

若い頃は勢いで突破していたけれど、今は勢いよりも「程よさ」で続けるほうがしっくり来る。勢いは一瞬の力だけれど、程よさは積み重ねを可能にする。

膝が痛くても、白髪が増えてきても、昔の自分とは違っていても、それでいい。
今日の一歩が明日の自分をつくるのだとしたら、まっすぐに、そして焦らず刻んでいけばいい。

そんなことを想えたってことは今日も繋げたのかもしれない

well being それではまた!!

全部が整う日は来ない。だから今やる|ゴルフ再開で感じたリアル

久々のゴルフラウンドで思ったことー満たされないままでも、今やる理由

久々にゴルフをラウンドしてきた。やっぱり楽しい……と言いたいところだが、正直に言えば体のあちこちが悲鳴を上げている。プレー中から膝や肘が痛み出し、終わったころには右手首まで仲間入り。ゴルフで使う部位はすべてもれなく痛むようになっていて、こうしてタイピングにも滞りが出るぐらいだから困ったものだ、、

そして、もうひとつ気づいたことがある。先月、短く髪を切ったときには分からなかったが、少し伸びた今になって白髪の多さがはっきりしてきた。体も見た目も、昔のような勢いではどうにもならなくなりつつある。

もちろんケアは必要だし、何もしないわけにはいかない。でも一方で、「よし、やるか」と思い立ってすぐゴルフに行けるのは今だからこそ、、、それは相当恵まれているのだとも感じる。

思うに、すべての事情が整うことなんて結局ないのだ。
こっちを満たせばこっちが足りず、あっちを揃えればまた違う部分に穴が空く。その繰り返しだ。こっちもあっちも完全に整うのを待っていたら、いつまで経ってもスタートできない。

だから、今やる、、、
痛みがあっても、白髪が増えても、思いきりの勢いが昔ほどなくても。完璧な条件なんて存在しない以上、動ける今に乗っかるしかない。

少しの芽吹きを持って、、、それで良いんだと思う

全部は揃わない どこか一ミリでいい

well being それではまた!!

ビジネスでは「正義」を押しつけても何も変わらない

状況を動かせるのは、結局いつも自分の行動だけだ

ビジネスで不義理をされても、こちらの正義や倫理観をいくらぶつけても、まったく響かない相手は確実に存在する。

こちらがどれだけ筋を通しても、、、 「そういう状況に慣れている」 「そもそも罪悪感という回路が鈍い」 そんなタイプには、正論は届かない。

いつか改心してくれる? 残念だが、まずないと思っていい。それはあなたを見下しているわけではなく、、、ただ、心の中にはあなたが“存在していない”だけだ

ここで多くの人が勘違いする。 相手は自分を舐めているのか? 軽視しているのか? 違う。もっと深刻だ。 あなたのことを、そもそも意識していない。 存在として片隅にもない。 だから平気で約束を破るし、支払いも遅らせる。

もし相手が少しでも気にしているなら、 必ず向こうから連絡してくる。 しかし、それがない。 ということは—— こちらのストレスも、怒りも、困りごとも、相手には一切届いていない。 だから普通に生活していられるのだ。

だから状況を変えたいなら、こちらが動くしかない 改心を期待しても、状況は変わらない。 こちらが動かなければ、 相手にとっては「何も困らない日常」が続くだけだ。

だから必要なのは、 相手にもリスクを取らせる選択をこちらがすることだ。 ・支払いの締め切りの明確化 ・遅延時の条件の実行 ・契約の見直し ・取引範囲の縮小 ・場合によっては取引停止 行動しないことは一見ラクだが、 その代わりにこちらは延々とストレスを溜める。 逆に行動すれば、こちらにも痛みはある。 だが、それは主体性を取り戻す痛みだ。

「いい子」でいる限り、足元は見られ続ける 相手が悪い人だからではない。 こちらが“いい子”でいようとしているから足元を見られる。 ・すぐ許す ・怒らない ・強く言わない ・自分が我慢すればいいと考える こうした姿勢は、相手にとっては 「この人は何をしても大丈夫」というサインにしかならない。

だから、 どこまで毅然とやれるか。 そこにビジネスマンとしての軸が出る。

ビジネスでは、 「優しさ」より「一貫性」のほうが信用を生む。

自分の軸を強めれば、取引先も自然と変わる 取引先を変えるのではない。 相手の性質を変えることでもない。 変えるのは、 自分のスタンスと行動だけだ。

・約束を守れない相手には、相応の対応をする

・優しさではなく、基準で判断する

・毅然とした態度を取る

・言うべきときは言う

・引くべきときは引く

その軸が強くなるほど、 取引先の質も安定していく。 ビジネスは人格の勝負ではなく、行動のゲームだ。 そのゲームをどうプレイするかで、未来が変わる。

well being それではまた!!