枝垂桜と新たな船出 ― 敷島公園で思ったこと

前橋・敷島公園の枝垂桜が、今年も見事だった、、、
ライトアップはされているものの、よくある「桜まつり」のように出店が並ぶわけでもなく、特別な設えがあるわけでもない。静かに、ただ桜がそこにあるだけだ。

それだけに、ふと不思議に思う。
観光資源が決して多くない地方において、なぜこれをサテライト化しないのだろうかと。枝垂桜という明確なテーマがあり、夜はライトアップまでされている。ほんの少しの仕掛けや導線があるだけで、訪れる人の滞在時間も、記憶への残り方も変わるはずだ。
「何もしない美しさ」を大切にするのも一つの考え方だが、活かしきれていない“余白”を感じるのもまた事実だった。

敷島公園の枝垂桜は、散るのが早い。
老齢の木が多いからなのかもしれないが、その分、桜の特徴がよく出ているように思う。満開の華やかさよりも、はらはらと舞い落ちる時間の短さに、どこか潔さがある。
「今、この瞬間しかない」という桜本来の性質を、強く突きつけられる感覚だ。

歩きながら、入学式のシーズンだな、と自然に思った。
4月がもう目前で、新たな船出の時期がやってくる。我が家でも、娘が大学生活に突入する。そして、すでに社会人として働いているもう一人の娘には、後輩ができるという。
環境が変わり、立場が変わり、求められる役割も変わる。そんな「始まり」が、同時多発的に起こる季節だ。

桜は、毎年変わらず咲く。
けれど、それを見る側の状況は、確実に変わっていく。今年の桜は、親として、仕事をする一人の大人として、「送り出す」という立ち位置で眺める桜だった気がする。

門出の時期に桜があるのは、やはりいい。
華やかすぎず、でも確かに背中を押してくれる。そんな存在として、今年もしっかり桜を楽しみたいと思う

well being それではまた!!