煩わしさの中にあった、愛のカタチ

静けさの中で、娘の自立を想う

娘が家を出て、やがて一か月。
日々の暮らしの中で、ふとした瞬間にその不在を感じる。
いつも手の届くところにいた存在が、今は遠くにいる。
それだけで、心にぽっかりと穴が空いたような感覚になる。

けれど、それは彼女が自分の足で立ち、自分の意思で歩き始めた証でもある。
これまで、いろいろなことがあっても、留まることしかできなかった彼女が、
今回は違った。
迷いながらも、自分の選択を信じて動いた。
その一歩を、親としては喜んでやらなければならないのだろう。
寂しさよりも、誇らしさを優先できるように。

娘がいなくなって、家の中は静かになった。
妻と二人の時間は、穏やかで、どこか懐かしい。
妻とは素のままでいられる関係だ。
でも、娘に対しては、やはり「親として」「異性として」
どこか気を使い、格好をつけていた自分がいたことに気づかされる。

食事のとき、「何食べたい?」と聞いたり、
休日には「どこか行く?」と誘ったり、
そんな些細なやりとりの中に、どれだけ自分が気を配っていたか。
時にはそれが煩わしく感じることもあった。
でも今となっては、その“煩わしさ”こそが、かけがえのない時間だったのだと痛感する。

人は、失って初めて気づくことがある。
そしてその気づきは、次に誰かを迎える準備になる。
娘がまた戻ってくる日もあるだろう。
そのとき、変わらずに、いや、少しだけ深くなった自分で迎えられるように。
今は静けさの中で、心を整えておきたい。

well being それではまた!!

投稿者: Keiichi Nakadai

誰よりも”濃ゆい”人生を歩んできた ・拓けていく道 ・トレード・オンへの道 ・らしさの道 を発信していきます!!

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