我想う、ゆえに我起つ
日々、様々な相談を受ける中で、よく聞く言葉がある。
「いろいろ考えてはいるんだけど、実際には動けていないんです…」
これは、決して珍しいことではない。むしろ、多くの人がその状態にある。考えているのに動けない。頭ではわかっているのに,,,身体がついてこない,,,そんな自分を責める声も聞こえてくる。
でも、私は思う。
その状態は、決して“停滞”ではない。
それは、内なる準備期間だ。
自分自身も、まさにその渦中にいる。考えてはいる,,,そして感じてもいる、、、でも、まだ動けていない。そんな自分を、以前は「ダメだ」と思っていた。でも今は違う。
「感じることに従順である」というのは、実はとても誠実な姿勢だ。
行動に結びついていないからといって、価値がないわけではない。むしろ、考えているからこそ、いつかは動きたくなる。考えていなければ、動きたいという衝動すら生まれない。
だから、思うことには意味がある。
「我想う、ゆえに我あり」
この言葉は、単なる哲学的命題ではない。思考することが、存在の証であり、起点なのだ。思考しているということは、すでに“始まっている”ということ。
そして、起点に立てているなら、それだけで十分だ。
今の自分を否定する必要はない。今の自分も、ちゃんと意味がある。むしろ、今を肯定することが、次の一歩への力になる。
未来には、もっといいことが待っている。
それは、今の自分が思考しているからこそ、訪れる可能性のある未来だ。
だから、焦らなくていい。
今、考えている自分を、誇っていいと思う
well being それではまた!!
?