「公人は聖人ではない」──小川晶前橋市長スキャンダルに思うこと
前橋市の小川晶市長が、既婚男性職員とのラブホテル通いを報じられた。市長は「男女関係はない」と否定しているが、報道によれば2か月間で9回の訪問があったという。災害対応中の不在や、公用車の使用についても疑問が呈されている。
この件について、世間では「市長としての資質が問われる」「説明責任を果たすべきだ」といった声が多く上がっている。確かに、公職にある者としての行動には一定の規律が求められる。しかし、それはこれ以上でもこれ以下でもない話である、、、というのが私の意見だ
政治家という職業であって、人間の上位者ではない
政治家は、特別な人間ではない。ただその職業を選んだだけであって、人格的に上位にあるわけでも、聖人である必要もない。市長という肩書きがあっても、所詮は同じ人間であることは前提にすべきだと思う。
もちろん、今回の行動は褒められたものではない。説明責任はあるし、出処進退についても潔さが求められる。しかし、それでも「人は憎まず」でいいのではないか。罪は憎んでも、人そのものを否定する必要はない。
「説明責任」と「信頼回復」
今回の件で最も問われるべきは、行動そのものよりも「説明の仕方」だ。なぜラブホテルだったのか。なぜ災害対応中にそのような行動を取ったのか。市民の疑問に対して、誠実に答える姿勢が見られなければ、信頼は戻らない。
一方で、報道やSNSでの過剰な糾弾には違和感もある。政治家に対して「完璧」を求めすぎる風潮は、かえって本音を語れない政治を生む。今回の件をきっかけに、政治家と市民の距離感や、政治に対する期待のあり方を見直す必要があるのではないか。
結びに
小川市長の件は、前橋市政にとっても、市民にとっても大きな試練だ。だが、これを「一人の失敗」として切り捨てるのではなく、「政治と人間性の関係」を考える契機にしたい。公人は聖人ではない、、、同じ人間だからドジもするってことだ
well being それではまた!!