現状維持が家族の選択肢を奪う|世帯主が今考えるべき環境設計

現状維持という名の思考停止、、、

ヒトは環境の影響を過小評価しすぎている。
もっと言えば、「環境を変えるという判断」をとことん避ける傾向がある。

今の自分にフィットしなくなった環境から移動する。
ただそれだけの話なのに、ヒトは驚くほど動かない。

理由は単純だ。
現状維持バイアスという、強烈で怠惰な安全装置が働くからだ。

多少つらい。
多少理不尽。
多少消耗している。

それでも手放さない。
いや、手放せないのではなく、考えないようにしている

仕事になると、言い訳は無限に湧いてくる

典型例がこれだ。

・別に出世したいわけじゃない
・そこそこ自由にやれている
・ライフワークバランスは取れている

うーーんそう思い込んで蓋をしているだけなのでは???

出世欲がないのと、評価されないのは別問題だ。
自由にやれているのと、放置されているのも別だ。
バランスが取れているのと、成長を諦めるのもまったく違う。

都合のいい言葉で現実を包み、
「このままでいい理由」を後付けしているだけにしか見えないのだ

報酬が上がらない会社は、設計ミスか思想欠如か

会社に勤めていれば株主ファースト。
それ自体は構造として理解できる。

ただし、その前提を踏まえてもなお問いたい。

何年も給料が上がらない職場に、未来は本当にあるのか?

給料は額面だけでは語れない。
責任、裁量、成長機会、学習環境――総合評価は必要だ。

だが
「何年も変わらない」
「説明もない」
「改善の兆しもない」

これは、、、

・事業設計が間違っている
・社員を報うという発想がない

このどちらか、もしくは両方であるのだ

設計が間違っているなら、100年経っても直らない。
仮に売上が伸びたとしても、社員に還元しない思想ならそれも100年経っても同じだ。

つまり、未来は会社側から変わることはないのだ

「会社についていけば大丈夫」という幻想

これはもう完全に過去の話だ。

右肩上がりの経済。
大量消費社会。
護送船団方式。

会社にさえいれば人生は安泰だった時代。

今は違う。
その前提はとっくに崩れている。

今がなんとかなっていることと、
これからもなんとかなることは、まったくの別物だ。

ある日、選択肢を差し出せなくなる

年齢を重ねると逃げ場は確実に減る。

子どもは成長する。
進学、留学、挑戦、経験。
「選ばせてあげたい場面」は必ず来る。

そこで気づく。

あ、出せる選択肢がない
あ、金も時間も余白もない

ない袖は振れない。
その現実は残酷だ。

その時に
「もっと早く考えておけばよかった」
と言っても、もう遅い。

世帯主は「自分の人生」だけを生きていない

自分らしく生きることは大事だ。
だが、世帯主である以上、それだけでは済まされない。

環境をどう選ぶかは、
家族の未来設計そのものだ。

今の環境がラクだから。
変えるのが怖いから。
なんとなく続けられているから。

そんな理由で設計していい立場ではない。

現状維持は安定ではない。
単なる責任回避だ。

自分にフィットする環境を選ぶ。
それは贅沢でも、わがままでもない。

一番重たい意思決定を先送りしない  その勇気は持ってほしいものだ

well being それではまた!!

投稿者: Keiichi Nakadai

誰よりも”濃ゆい”人生を歩んできた ・拓けていく道 ・トレード・オンへの道 ・らしさの道 を発信していきます!!

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