勢いより積み重ねへ——程よく刺す習慣のつくり方

続・久々のゴルフラウンドで思ったことー“程よく”を刺すということ

だからこそ想う、、、“程よく”って実はかなり難しい。
全力も違う、手抜きも違う、、、でも刺さないと惰性になり、やらなければ停滞する。

過激すぎず、ソフトすぎず、ちょうどいいところに小さく針を刺すような、そんな負荷のかけ方が自分には必要なのだと思う。

明日に繋げる程度でもいい。
今日のうちに、ほんの少しでも動ければいい。
ただ、澱まなければいいのだ。

人間は止まるとすぐに気持ちまで沈殿する。考えも体力も、静かに底に沈んでしまう。逆に、どんなに小さくても一歩が刻めれば、水が循環し始めるように全体が動き出す。

若い頃は勢いで突破していたけれど、今は勢いよりも「程よさ」で続けるほうがしっくり来る。勢いは一瞬の力だけれど、程よさは積み重ねを可能にする。

膝が痛くても、白髪が増えてきても、昔の自分とは違っていても、それでいい。
今日の一歩が明日の自分をつくるのだとしたら、まっすぐに、そして焦らず刻んでいけばいい。

そんなことを想えたってことは今日も繋げたのかもしれない

well being それではまた!!

全部が整う日は来ない。だから今やる|ゴルフ再開で感じたリアル

久々のゴルフラウンドで思ったことー満たされないままでも、今やる理由

久々にゴルフをラウンドしてきた。やっぱり楽しい……と言いたいところだが、正直に言えば体のあちこちが悲鳴を上げている。プレー中から膝や肘が痛み出し、終わったころには右手首まで仲間入り。ゴルフで使う部位はすべてもれなく痛むようになっていて、こうしてタイピングにも滞りが出るぐらいだから困ったものだ、、

そして、もうひとつ気づいたことがある。先月、短く髪を切ったときには分からなかったが、少し伸びた今になって白髪の多さがはっきりしてきた。体も見た目も、昔のような勢いではどうにもならなくなりつつある。

もちろんケアは必要だし、何もしないわけにはいかない。でも一方で、「よし、やるか」と思い立ってすぐゴルフに行けるのは今だからこそ、、、それは相当恵まれているのだとも感じる。

思うに、すべての事情が整うことなんて結局ないのだ。
こっちを満たせばこっちが足りず、あっちを揃えればまた違う部分に穴が空く。その繰り返しだ。こっちもあっちも完全に整うのを待っていたら、いつまで経ってもスタートできない。

だから、今やる、、、
痛みがあっても、白髪が増えても、思いきりの勢いが昔ほどなくても。完璧な条件なんて存在しない以上、動ける今に乗っかるしかない。

少しの芽吹きを持って、、、それで良いんだと思う

全部は揃わない どこか一ミリでいい

well being それではまた!!

ビジネスでは「正義」を押しつけても何も変わらない

状況を動かせるのは、結局いつも自分の行動だけだ

ビジネスで不義理をされても、こちらの正義や倫理観をいくらぶつけても、まったく響かない相手は確実に存在する。

こちらがどれだけ筋を通しても、、、 「そういう状況に慣れている」 「そもそも罪悪感という回路が鈍い」 そんなタイプには、正論は届かない。

いつか改心してくれる? 残念だが、まずないと思っていい。それはあなたを見下しているわけではなく、、、ただ、心の中にはあなたが“存在していない”だけだ

ここで多くの人が勘違いする。 相手は自分を舐めているのか? 軽視しているのか? 違う。もっと深刻だ。 あなたのことを、そもそも意識していない。 存在として片隅にもない。 だから平気で約束を破るし、支払いも遅らせる。

もし相手が少しでも気にしているなら、 必ず向こうから連絡してくる。 しかし、それがない。 ということは—— こちらのストレスも、怒りも、困りごとも、相手には一切届いていない。 だから普通に生活していられるのだ。

だから状況を変えたいなら、こちらが動くしかない 改心を期待しても、状況は変わらない。 こちらが動かなければ、 相手にとっては「何も困らない日常」が続くだけだ。

だから必要なのは、 相手にもリスクを取らせる選択をこちらがすることだ。 ・支払いの締め切りの明確化 ・遅延時の条件の実行 ・契約の見直し ・取引範囲の縮小 ・場合によっては取引停止 行動しないことは一見ラクだが、 その代わりにこちらは延々とストレスを溜める。 逆に行動すれば、こちらにも痛みはある。 だが、それは主体性を取り戻す痛みだ。

「いい子」でいる限り、足元は見られ続ける 相手が悪い人だからではない。 こちらが“いい子”でいようとしているから足元を見られる。 ・すぐ許す ・怒らない ・強く言わない ・自分が我慢すればいいと考える こうした姿勢は、相手にとっては 「この人は何をしても大丈夫」というサインにしかならない。

だから、 どこまで毅然とやれるか。 そこにビジネスマンとしての軸が出る。

ビジネスでは、 「優しさ」より「一貫性」のほうが信用を生む。

自分の軸を強めれば、取引先も自然と変わる 取引先を変えるのではない。 相手の性質を変えることでもない。 変えるのは、 自分のスタンスと行動だけだ。

・約束を守れない相手には、相応の対応をする

・優しさではなく、基準で判断する

・毅然とした態度を取る

・言うべきときは言う

・引くべきときは引く

その軸が強くなるほど、 取引先の質も安定していく。 ビジネスは人格の勝負ではなく、行動のゲームだ。 そのゲームをどうプレイするかで、未来が変わる。

well being それではまた!!

いい人でも取引は壊れる:ビジネスの本質とは何か

ビジネスにおける「悪い人じゃない」という無意味さ

ーー取引の本質はもっとシンプルだ

ビジネスの場面で、誰かの振る舞いが問題になったときに
「いや、あの人そんなに悪い人じゃないんですけどね」
というフォローを聞くことがある。

でも、この言い回しほどビジネスにおいて意味のない言葉はないと思っている。

そもそも、極悪人なんてめったにいない。
そして、全方面に対して悪意のある人間もほとんどいないと思える
だから「悪い人じゃない」は、ほぼ全員に当てはまる、価値のない評価だ。

では、ビジネスにおける評価基準はどこにあるのか。

取引はシンプルで、「やるか」「やらないか」しかない

ビジネスは取引だ。
もっと言えば、約束を守るかどうかしか見ていない。

支払い期日を守るのか。
合意した条件を実行するのか。
変更が必要なら、事前に説明し調整するのか。

たったそれだけのことが、できるのか・できないのか。

ビジネスを続けたいと思えば支払うし、
続ける気がなければ払わない。

構造は驚くほどシンプルだ。

だから「悪い人じゃない」なんて人格の話は、本質とはまったく関係がない。

一番困るのは、約束事を“黙って変える”タイプ

こちらが一番困るのは、
約束事を 断りもなく変更することに何の抵抗もない人たち だ。

・支払い期日を後ろ倒し
・納期を勝手に延長
・決めた仕様を黙って変える
・「そのつもりはなかった」と言い出す

こうした人たちも、別に“悪い人ではない”のかもしれない。
怒鳴るわけでも、裏切ろうとしているわけでもないのかもしれない。

ただ単に、「その行為がどれだけ相手の信用を傷つけるか」を理解していないだけだ。

しかし、ビジネス上はそれが致命的だ。

信用とは「約束を守る習慣」によってしか積み上がらない

信用とは人格ではなく、
毎回の小さな約束を守ってきた実績 によって積み上がる。

だから「悪い人じゃないから大丈夫」という論理は破綻している。

むしろ、
「良い人かどうか」より
「約束を守る人かどうか」
のほうが100倍重要だ。

ビジネスは人間関係の一部ではあるが、
友達や仲間とは違う。

“いい人”だから許す、という世界ではない。
“信頼できる人”かどうか、それだけだ。

ビジネスは人格評価ではなく、行動評価

結局、ビジネスはつくづく行動の世界だと思う。

・支払うべきときに支払う
・決めたことは守る
・変更があれば説明する
・できないことは事前に言う

ただそれだけのことができるかどうか。

「いい人かどうか」という曖昧な基準で判断するのではなく、
行動の一貫性 を軸にしたほうが、ビジネスは格段にシンプルになる。

well being それではまた!!

動けない苦しさから抜け出す方法|少しずつ現実を動かすという選択

留まり続ける苦しさと、動かすという選択

留まって、軋轢の中で喘いでいるのはとても苦しい、、、
分かっているのに動けない。
違和感はあるのに、毎日は淡々と過ぎていく。

そして、その場から返ってくるフィードバックは、
だんだんと蹴とばしたくなるようなものばかりになっていく、、、

もし今のそのフィードバックを変えたいなら、
同じ場所で耐え続けても何も変わらない。
新しいフィードバックをもらうしかない。

これは逃げでも、裏切りでもない。
構造の話だ。

全部を変えなくてもいい

とはいえ、現実を全部入れ替えるのは簡単じゃない。
覚悟もいるし、時間もかかる。
正直、そこまで踏み出せない時期もある。

だから、全部じゃなくていい。

仕事の一部,,,
関わる人の一部,,,
時間の使い方の一部,,,

ほんの少しでいいから、自分を動かす。
自分の位置を、数センチずらす。

それだけでも、返ってくる反応は変わり始める。

ゆでガエルにならないために

人は、急激な変化には敏感だが、
緩やかな悪化には驚くほど鈍感だ。

気づいた時には動けない、
いわゆる「ゆでガエル」になる。

そしてさらに怖いのは、
批判だけを口にするようになることだ。

何も変えず、何も賭けず、
ただ文句だけが増えていく。

それは、自分が一番なりたくなかった姿のはずだ。

現実は、思っているより動かせる

実際のところ、
現実は思った以上に辛辣ではないし、
思った以上に思い通りに動かせる。

一気には無理でも、少しずつなら確実に動ける。
少しずつなら、形を創っていくことができる。

そして、新しい場所に行けば、
必ず違うフィードバックが返ってくる。

評価は常に相対である

そこで初めて分かる。

評価は、絶対ではない。
常に相対だ。

誰が、どこから、どう見るか。
それだけで、評価はいくらでも変わる。

全員に良く見られる必要なんてない。
むしろ、全員に好かれる方が気持ち悪いし、
現実的にも相手にできない。

少数でいい。
ちゃんと見てくれる人が、ちゃんと必要としてくれる場所があればいい。

少数であることの強さ

少数だからこそ、深く関われる。
少数だからこそ、価値を磨ける。
少数だからこそ、存在する意味がはっきりする。

留まり続けてすり減るより、
少しずつ動いて、少数に選ばれる方がいい。

それは世界を狭める選択ではない。
自分がちゃんと立てる場所を、
自分の意思で選び直すということだ

well being それではまた!!