楽しかったから始まる環境教育 子どもたちに伝わる授業の本質

楽しかった、、、そこからしか始まらない

環境教育事業に関わっていると、いつも感じることがある。

人が動くきっかけは、正しさではなく楽しさなのではないかということだ。

ある就業先で展開している環境教育の現場でも、それをつくづく実感している。

環境問題や資源循環、そしてリサイクル。これらは決して新しいテーマではない。むしろ今では、誰もが「やった方がいい」と理解しているし、実践したいと思う人も増えている。リサイクルをすること自体に抵抗感を持つ人は少ない。

しかし、その一方で大きな壁もある。

分かりにくさと難しさだ。

何をどこまで分別すればいいのか。本当にリサイクルされるのか。汚れていても大丈夫なのか。そんな疑問や不安が行動を止めてしまう。

私はこれまで何度か書いてきたが、リサイクルは決して単純ではない。だからこそ、実際を知っているリサイクラーの役割は大きいと思う。

「ここまでは大丈夫」 「これは難しい」 「そこまで神経質にならなくてもいい」

そんな許容の線を分かりやすく伝えることができれば、難しさはずいぶん軽くなる。

特に子どもたちに対してはそうだ。

子どもは理屈だけでは動かない。

もちろん分かりやすさは大切だ。しかし、それ以上に大切なのは最初の体験だと思っている。

授業が楽しかった、、、

まずはそれでいい。

今日の授業は楽しかった、、、

その感覚こそが、次に話を聞こうという気持ちにつながり、やってみようという行動につながっていく。

逆に、どんなに大切なことを伝えようとしても、受け入れる準備ができていなければ届かない。

伝えたいことを伝えるためには、まず受け入れ態勢をつくってもらうこと。

その入口が「楽しかった」なのだと思う。

今日も子どもたちからたくさんの反応をもらった。

環境問題を理解してもらうことも大切だが、その前に「また来てほしい」「また聞きたい」と思ってもらうことの価値を改めて感じた。

楽しかった。

そこからしか始まらない。

そして、その楽しさの先に、未来の行動変容があるのだと思う。

可燃ごみに眠る「雑がみ」を資源へ――分別のその一手が循環型社会を変える

2026年7月24日、公益財団法人古紙再生促進センターが全国の自治体の新人廃棄物行政担当者を対象としたオンライン研修を開催し、約260名が参加した。テーマは紙リサイクルの基礎知識と、家庭の可燃ごみに埋もれている「雑がみ」の資源化促進だ。

廃棄物行政の最前線を担う自治体職員が、紙資源の現状や課題、住民対応のポイントを学ぶ場となったが、このニュースは単なる行政研修にとどまらない。私たち一人ひとりの暮らし方や、ごみとの向き合い方を改めて考えるきっかけを与えてくれる内容だった。

8割が回収されても、まだ眠る紙資源

日本の古紙回収率は約80%と、世界的に見ても非常に高い水準にある。

一見すると十分な成果を上げているように思えるが、実際にはまだ200~300万トンもの回収可能な紙が残されているという。さらに家庭系可燃ごみの約12.7%には資源化できる紙類が含まれていると試算されている。

つまり、多くの家庭では「燃やすしかないごみ」だと思って捨てているものの中に、実はリサイクル可能な紙が相当量含まれているということだ。

紙リサイクルは単にごみを減らす活動ではない。

  • 廃棄物処理コストの削減
  • 焼却時のCO₂排出抑制
  • 森林資源の有効活用
  • 製紙原料の安定確保

といった多面的な価値を生み出す。

近年、多くの自治体が資源循環や脱炭素を掲げる中で、「雑がみ」の回収推進は比較的取り組みやすく、効果も見えやすい施策の一つといえる。

「雑がみ」が分かりにくいという課題

新聞、雑誌、段ボールは誰でも資源ごみとして認識しやすい。

しかし「雑がみ」となると話は別だ。

  • お菓子の箱
  • ティッシュの外箱
  • 封筒
  • 紙袋
  • メモ用紙
  • トイレットペーパーの芯

これらは本来リサイクル可能であっても、「こんな少量を分別しても意味がない」「どこまで出してよいのかわからない」といった理由で可燃ごみに混ざってしまう。

実は資源循環の現場では、この「わかりにくさ」が大きな障壁になっている。

制度や回収体制を整備しても、住民が理解し行動しなければ循環は進まない。逆に言えば、住民の行動変容を促す仕組みづくりこそが重要なのである。

「雑がみさまを探せ!」という発想

今回の研修で紹介された「雑がみさまを探せ!」は非常に興味深い取り組みだ。

「身の回りの雑がみにも神様が宿っている」という親しみやすいストーリーを活用し、家庭内に眠る雑がみを探し出して資源として送り出すことを促す。

環境啓発というと、どうしても「正しいからやりましょう」「地球のために頑張りましょう」というメッセージになりがちだ。

しかし人は、正論だけでは動かない。

楽しさや遊び心、家族との会話、地域イベントへの参加といった感情的な動機が加わることで、初めて行動につながる。

その意味で「雑がみさまを探せ!」は、分別を義務ではなく参加型の体験へ変えようとする試みといえる。

これは近年注目されるナッジ理論や行動デザインの考え方にも通じるものであり、自治体の啓発手法としても興味深い。

行政だけでは資源循環は実現しない

今回の研修内容で特に共感したのは、「紙リサイクルは多様なステークホルダーの連携によって成り立つ」という考え方だ。

資源循環は行政だけで進められるものではない。

住民が分別し、

事業者が回収し、

再生事業者が資源化し、

行政が制度設計と情報発信を担う。

この一連の流れが機能して初めて循環が実現する。

私自身、リサイクルや環境分野の事業に関わる中で感じるのは、「仕組み」以上に「伝えること」の重要性である。

どれだけ優れた制度であっても、住民に伝わらなければ動かない。

逆に、わかりやすく伝われば、人は意外なほど前向きに行動する。

だからこそ、今回のような自治体担当者向け研修は単なる知識習得ではなく、地域における資源循環の推進役を育てる機会として大きな意味を持つ。

MEi CONSUL視点:地域循環を支えるのは「見える化」

今回のニュースを読んで改めて感じたのは、資源循環の最大の課題は「見えない価値」にあるということだ。

可燃ごみとして捨てられた雑がみは、その瞬間に価値を失ったように見える。

しかし視点を変えれば、それは再び製紙原料になる資源である。

その価値を見える化し、行動につなげる仕組みをつくることが重要だ。

地域循環共生社会は、大規模な設備投資や高度な技術だけで実現するものではない。

家庭の紙袋一つ、お菓子の箱一つを資源として分別する日常の積み重ねから始まる。

全国約260名の自治体担当者が学んだ今回の研修が、各地域での新たな取り組みにつながり、「雑がみ」がごみではなく資源として循環する社会への一歩となることを期待したい。

サステナブルだから売れるのではない|アップサイクルラグに学ぶ資源循環の本質

”欲しいから”売れるのだ。

「環境に良い商品だから買ってください」

そんな言葉だけで市場が動く時代ではない。

一方で、環境価値がまったく求められていないわけでもない。

今回、株式会社スミノエインテリアプロダクツが発表した家庭用アップサイクルラグ「Re:Rug(リ・ラグ)」の第2弾を見て、改めて感じたことがある。

それは、サーキュラーエコノミーを社会に広げるためには、「環境のため」だけでは不十分だということだ。

残糸は廃棄物か、それとも資源か

ラグの製造現場では日々、多くの残糸が発生する。

品質に問題があるわけではない。

しかし製品化の工程上、使いきれなかった糸は産業廃棄物として処理されることも少なくない。

リサイクルや資源循環に携わる人間からすれば、「もったいない」という言葉が自然と出てくる。

しかし現実には、「もったいない」だけではビジネスにならない。

だからこそ今回の「SUMINOE 残糸再生プロジェクト」は面白い。

残糸を再利用することを目的にするのではなく、残糸を使って魅力的な商品をつくることを目的にしているからだ。

廃棄物を減らすことは結果であって、出発点ではない。

ここに大きな価値がある。

サステナブルの落とし穴

これまで多くの環境配慮商品が生まれてきた。

しかし、中には「環境には良いけれどデザインがいまひとつ」「環境には良いけれど価格が高い」というものも少なくなかった。

消費者は正直だ。

毎日使うものだからこそ、見た目も大事。

使い勝手も大事。

価格も大事。

環境価値だけで選び続けることは難しい。

だから今回の開発者が語る、

「サステナブルだからではなく、このラグが魅力的だから欲しいと思ってもらいたい」

という考え方に強く共感する。

本来、サステナブルは商品の付加価値であって、商品の魅力そのものではない。

まずは欲しくなる、、、

使いたくなる、、、

そのうえで実は環境にも優しかった。

その順番が大切なのだ。

本当に求められるアップサイクルとは

アップサイクルという言葉を聞く機会が増えた。

しかし単純に廃棄物を再利用することだけがアップサイクルではない。

価値を高めること。

新しい魅力を生み出すこと。

そこまでできて初めてアップサイクルと言える。

今回の「Re:Rug」は残糸という制約を逆にデザインの個性へと転換している。

大量生産の均一性ではなく、素材との出会いから生まれる独自性。

これはまさにアップサイクルの本質に近い。

資源循環とは、廃棄物を減らす活動ではない。

資源の価値を最大化する活動なのだ。

リサイクラーが学ぶべき視点

私はリサイクル業界に関わる人間として、この事例から学ぶことは非常に多いと思う。

私たちは時として、

「資源だから集めてほしい」

「リサイクルできるから分別してほしい」

という発想になりがちだ。

しかし消費者が見ているのはその先にある価値だ。

何になるのか。

どんな商品になるのか。

どんな暮らしにつながるのか。

そこが伝わらなければ循環は広がらない。

今回のラグは、残糸を再利用しましたという話では終わっていない。

おしゃれである、、、

使いやすい、、、

洗える、、、

安全である、、、

その結果として資源循環につながっている。

ここに循環型社会を広げるヒントがある。

「捨てない社会」は魅力から始まる

環境問題を語るとき、私たちはつい我慢や制約を前面に出してしまう。

捨てない、、、

減らす、、、

我慢する、、、

節約する、、、

しかし本当に社会を変えるのは、魅力だと思う。

欲しい、、、

使いたい、、、

応援したい、、、

そう思える商品やサービスが増えたとき、資源循環は特別なことではなくなる。

廃棄物削減は目的ではなく結果である。

その結果を生み出すのは、人が心から「選びたい」と思える価値なのだ。

「サステナブルだから売れる」のではない。

「魅力的だから売れる」。

そして、その背景に資源循環がある。

これこそが、これからの循環型社会が目指すべき姿ではないだろうか。

なぜ焼却ごみは減らないのか?大阪の焼却場ひっ迫が示す資源循環の課題

大阪市の舞洲工場といえば、まるで宮殿やテーマパークのような独特のデザインで知られている。その大阪のごみ焼却場が、いまひっ迫状態にあるというニュースを目にした。

大阪市、八尾市、松原市、守口市のごみ処理を担う「大阪広域環境施設組合」は、「各工場のごみの貯留場所がほぼ満杯となっており、ごみの処理が追いつかない状況になりつつある」と公表した。

定期整備による停止に加え、故障による停止も重なったことが要因だという。行政としても他自治体への受け入れ要請など対応を進めているようだが、このニュースを見て改めて考えさせられた。

それは、「分別」や「リサイクル」が社会に浸透したと言われる時代であっても、まだまだ多くの人が何を焼却ごみから抜けばいいのかを十分に理解していないのではないか、ということだ。

サーキュラーエコノミーという言葉は一般的になった。

資源循環への関心も高まっている。

それでも現実には、「とりあえず燃えるごみに入れてしまおう」という行動は少なくない。

特に地域コミュニティとの接点が少ない都市部では、その傾向が強くなるのかもしれない。

自治体ごとに分別ルールが異なることも影響している。

もちろん細かな運用ルールは違う。

しかし、資源として活用できるものを焼却せず循環させるという基本的な考え方はどこの自治体も大きくは変わらない。

ところが住民から見ると、「地域によってルールが違う」という印象だけが強く残る。

すると迷った時に「確実に回収してもらえる焼却ごみへ」と流れてしまう。

これは自治体の広報不足だけの問題ではないと思う。

むしろ、私たちリサイクルに関わる事業者自身がもっと発信しなければならない。

現場を知っているのは誰なのか。

実際に回収された資源がどのように再利用されているのかを知っているのは誰なのか。

第一当事者であるリサイクラーではないか。

「資源循環が大切です」

「サーキュラーエコノミーを推進しましょう」

そうした発信ももちろん必要だ。

しかし、生活者が本当に知りたいのはそこではない。

もっとシンプルだ。

何を抜けばいいのか、、、

何を分ければいいのか、、、

何を資源として出せばいいのか、、、

というその答えだ。

すべてを完璧に分別してくださいという話ではない。

現実的ではないからだ。

しかし、焼却ごみの中から資源として活用できるものを一つでも二つでも抜くだけで状況は変わる。

段ボール。

新聞紙。

雑誌。

紙パック。

衣類。

金属類。

使用済み小型家電。

自治体によって違いはあるものの、こうしたものが焼却ごみに混ざり続けることは本来避けられるはずだ。

リサイクラーは「回収された後」の世界を知っている。

だからこそ、「これがこう生まれ変わる」という実例を伝えることができる。

その役割は自治体だけでは担いきれない。

現場で資源循環を支えている私たちだからこそできることがある。

焼却場のひっ迫は設備の問題でもあり、運営の問題でもある。

しかし同時に、社会全体の資源循環のあり方を映し出す鏡でもある。

焼却能力を増やすだけでは根本解決にはならない。

資源として循環できるものを社会全体で少しずつ抜いていくこと。

そのために必要なのは難しい理論ではなく、誰もが行動できるシンプルな情報発信だ。

「これは燃やさなくていい」

「これは資源になる」

そんな分かりやすいメッセージをもっと増やしていきたい。

焼却炉の中に眠る資源を掘り起こすために。

そして資源循環を理想論で終わらせないために。

いでよ、真のリサイクラー。

現場を知る者が、もっと前に出る時代なのだ。

ケミカルリサイクルで変わる医薬品ゴミ問題|おくすりシートの未来

ペットボトルの“当たり前”を、おくすりシートへ

― サステナビリティは「技術」ではなく「定着」がすべて ―

「ペットボトルはリサイクルするもの」
いまや誰もが疑わない“常識”だ。

では、
おくすりシートはどうだろうか。

ほとんどの人が迷うはずだ。
そして、その多くが「燃えるゴミ」に入れている。

これは意識の問題ではない。
仕組みが存在していないだけだ。

第一三共ヘルスケアが取り組む「おくすりシート リサイクルプログラム」は、
この“当たり前の不在”に真正面から挑んでいる。

サステナビリティは「難しいもの」では続かない

この取り組みの本質はどこにあるのか。

それは単なるリサイクル技術ではない。
「行動を変える設計」にある。

  • 回収BOXを設置する
  • 生活動線の中に組み込む
  • 誰でも参加できる状態をつくる

これによって、
「やるべきこと」ではなく
「気づいたらやっていること」に変わる。

サステナビリティは、意識が高い人だけのものでは普及しない。
むしろ逆だ。

意識しなくても成立する仕組みが、結果として社会を変える。

3年半で20トン超という回収実績は、
まさにその証拠だ。

なぜおくすりシートは難しいのか

ここで改めて整理しておきたい。

おくすりシートの何が難しいのか。

  • アルミとプラスチックが圧着されている
  • プラスチックの種類が複数混在(PP、PVCなど)
  • サイズが小さく、回収効率が悪い

つまり、

回収も難しいが、処理はもっと難しい

という構造だ。

従来のリサイクルは
「分ける前提」で設計されている。

しかし、おくすりシートは分けられない。
ここに大きな壁がある。

コンサル視点で見た「次の一手」

このプログラムで興味深いのは、
途中で戦い方を変えている点だ。

当初はマテリアルリサイクル中心。
しかし限界が見えてきた。

そこで選択したのが
**ケミカルリサイクル(ガス化)**だ。

この意思決定は非常に示唆的だ。

普通ならこうなる。

  • 難しい → 改善を続ける
  • 延長線上で解決しようとする

しかし今回は違う。

前提そのものを変えた。

  • 分別しない
  • 混ざったまま処理する
  • 化学的に分解する

これは“改善”ではなく、
アプローチの転換だ。

パートナー選びに現れる「覚悟」

もう一つ重要なのがパートナー選定だ。

3年間、うまくいかなかった。
断られ続けた。

それでも妥協しなかった。

  • 環境負荷の低い方法であること
  • 分別不要であること
  • 実用化できるスケールであること

結果としてたどり着いたのがJFEエンジニアリング。

ここにコンサル的な視点を重ねると、
成功要因は明確だ。

「要件を下げなかったこと」

多くのプロジェクトは途中でこうなる。

  • 少し現実に合わせる
  • 少し条件を緩める
  • とりあえず動かす

しかし、それをやると
最初に描いた未来には届かなくなる。

今回の事例は逆だ。

理想から逃げなかった。

「実証成功」はゴールではなく入口

ガス化の実証試験は成功した。
これは確かに大きな一歩だ。

しかし、コンサル的に見ると重要なのはその先だ。

  • 大規模プラントの稼働
  • 回収量の拡大
  • 自治体以外への展開

つまり、

「再現性」と「スケール」

ここまでいって初めて、
“社会の当たり前”になる。

ペットボトルも同じ道をたどっている。

  • 回収される
  • 再生できる
  • 流通する
  • 当たり前になる

今回の取り組みは、
まだその途中にある。

「触れるリサイクル」が持つ意味

興味深いのがもうひとつある。

コースターなどに再生するワークショップ。

これは効率だけを考えれば、
正解ではないかもしれない。

しかし価値がある。

なぜか。

人は“見えない循環”を信じないからだ。

  • 何に変わったのか分からない
  • 実感がない
  • 行動が続かない

だからこそ、

  • 触れる
  • 使える
  • 実感できる

という体験が重要になる。

これはロジックではなく、感情設計だ。

この取り組みの本質

このプロジェクトを一言で表すなら

「当たり前をつくる仕事」

だと思う。

  • 回収することが当たり前
  • リサイクルされることが当たり前
  • 循環していることが当たり前

サステナビリティの勝敗はここで決まる。

技術があるかどうかではない。
正論があるかどうかでもない。

“生活の中に入り込めるか”

それがすべてだ。

終わりに

コンサルの視点で見ると、この事例は非常に示唆に富んでいる。

  • 仕組みから行動を変える
  • 前提を疑いアプローチを変える
  • 理想を下げずパートナーを探す
  • 技術と感情の両方を設計する

そして最終的に目指すのは、

「意識しなくても続く社会」

だ。

ペットボトルがそうなったように、
おくすりシートもいずれそうなるかもしれない。

そのとき初めて、この取り組みは完成する。

サステナビリティとは、壮大なテーマのようでいて
本質はシンプルだ。

“当たり前をひとつ、増やすこと”

その積み重ねが、未来をつくる。