季節は巡る、歩みは止めない|猛暑の庭先で考えた“信頼”の本質

歩みを止めずに、今を肯定するということ

――猛暑の中でふと立ち止まり、思ったこと

東京では10日連続の猛暑日が続いているという。週末に向けて、東海や関西もまだまだ暑さの猛威は収まりそうにない。でも日課である早朝に庭へ出て水撒きをしてみると、、、空気が少し和らぎ、風が涼しさを運んできたように感じられてはきている

そう、もうすぐ9月になるのだ。季節は、こちらの都合などお構いなしに、淡々と巡っていく。そんな自然の流れに身を置きながら、ふと「今月、自分は何ができただろうか」と考えてみた。

完璧ではない。改善の余地はまだまだある。だが、歩みは止めなかった。日々、勤めてきた。小さなことでも、前に進もうとする意志だけは持ち続けてきた。

今を否定しないこと、、、これは、簡単なようでいて、意外と難しい。過去の失敗や、理想とのギャップに目を向ければ、いくらでも自分を責める材料は見つかる。けれど、今この瞬間の自分を肯定することができれば、歩みは止まらない。

歩みを止めないこと、、、それが、周囲からの信頼につながる。信頼の先には、もっと大きな可能性が待っている。凡事を積み重ねること。特別なことではなく、日々の小さな選択と行動を大切にすること。それが、未来をつくる。

暑さの中で、少しだけ涼しさを感じた朝。季節の移ろいとともに、自分の歩みもまた、確かに続いている。

well being それではまた!!

ゴルフは年齢を超える|12歳・66歳と同組で感じた競技の奥深さ

前橋市民ゴルフ大会予選に出場してみた――年齢を超えて、同じ土俵に立つということ

競技というほど肩肘張ったものではない。だが、腕試しにはちょうど良い。そんな気持ちで臨んだ前橋市民ゴルフ大会の予選。結果は予選落ちだったが、スコア以上に得たものがあった。

同組にいたのは、12歳の少年。まだ中学一年生。だが、ティーショットの飛距離はすでに大人を凌駕していた。小さな背中から放たれるボールは、風を切ってフェアウェイの奥へと吸い込まれていく。驚きとともに、ゴルフという競技の懐の深さを思った。年齢も体格も関係ない。ただ、技術と工夫と、そして情熱があれば、誰もが同じ舞台に立てる。

もう一人の同伴者は66歳の先輩。シングルハンデの実力者で、当然のように負けた。だが、40歳以上離れていても、同じ土俵で真剣勝負ができることに、敬意と感動を覚えた。ゴルフは、年齢を重ねることがハンデにならない稀有なスポーツだ。むしろ、経験が武器になる。

自分は54歳。まだまだ成長の途中にいることを痛感した。カラダを使うスポーツでありながら、下降線ではない。むしろ、工夫と継続で上昇できる。スコアを安定させる人たちは、例外なく「量」をこなしている。誰に聞いても、週に一度はラウンドに出ている。練習というインプット、ラウンドというアウトプットを短いサイクルで回し、PDCAを回している。

量は、年齢の壁を凌駕し、質を超える。

今回のスコアは最低限には達した。だが、予選通過には至らず。特にパー5とパー3のマネージメントが甘かった。惰性でプレーしていたわけではない。むしろ、余裕がなかったのだろう。判断力も、経験の蓄積があってこそ磨かれる。これも場数を踏めば、自然と身につくはずだ。

やるべきことは、もう分かっている。あとは、やるだけだ。

「捉われることの美しさ」-なかなか進まないプラットフォーム案件を想う

分かっている。
仕方ないことだと。
相手の都合もある。
タイミングもある。

でも、分かっていても、
ココロは、捉われてしまう。

捉われる。
怒りが湧く。
悔しさがこみ上げる。
頭にくる。

それでも、
捉われずにはいられない。

それが人間だ。
それが、わたしだ。

この怒りは、
この悔しさは、
ただの感情ではない。

これは、
爆発的なエネルギーになれる。
推進力になれる。
火種になれる。

思い出す。
全否定された日々。
「意味がない」
「誰も求めてない」
そんな言葉に、
何度も心を折られた。

それでも、
ここまで来た。
そこそこには、来ている。

でも、
こんなもんじゃない。

今こそ、
自分に問いたい。

「お前は、こんなもんか?」
「この程度で満足か?」

捉われることは、
まだ諦めていない証。
まだ、前を見ている証。

だったら、
この感情を、
この怒りを、
この悔しさを、

チカラに変えて、
進もう

well being それではまた!!


今日の1%が、1年後の37倍になる

小さな歩みが、明日をつくる 〜複利の力を信じて〜

月に一度の研修を終え、ようやくひと息つける。
張り詰めていた空気が少し緩み、静かな時間が流れ始める。そんな中、スポットコンサルの案件が動き出した。
まだ集客が十分とは言えない。けれど、だからこそ、定格的にやっておくことの意味がある。

積み上がっているのかどうか、不安になることもある。
目に見える成果がないと、疑心暗鬼になる。
それでも、やらなければゼロではなく、後退してしまう。
つまり、マイナスになるのだ。

プラス1か、マイナス1か。
その差は、思っている以上に大きい。
この「プラス1」だけが、明日を創る。
本当にありたい姿に近づくためには、それしかない。

そして、この「1」を積み上げ続けることには、複利の力が働く。
最初は微々たる変化でも、続けることで加速度的に成果が広がっていく。


そして、この「1」を積み上げ続けることには、複利の力が働く。
最初は微々たる変化でも、続けることで加速度的に成果が広がっていく。

たとえば、1日1%の成長を1年間(365日)続けた場合:

1.01を365乗ずるので≈37.78

つまり、約37.8倍になる。

逆に、1日1%の退化を365日続けると:

0.99に365を乗じるので-0.0255

つまり、元のわずか2.5にまで減ってしまう。

この差は、努力の量ではなく、継続の質が生むものだ。
とにかく刻む。とにかく進む。
それが、今の自分にできるすべて。
まずは、それでいい。
それでしか、始まらないのだから。

well being それではまた!!

本気が求められる地点に立って

2025年8月20日──静かに踏み出した一歩

今日、2025年8月20日は、自分にとって特別な意味を持つ日になった。
一つの売上目途に、はっきりと光が差した。これまで漠然としていた「このラインを越えたら」という感覚が、現実の輪郭を持ち始めた。法人化を真剣に考えるべき地点に、ついに足を踏み入れたのだと思う。

振り返れば、今の売上のほとんどは、かつての自分の技術や肩書きに依存したものではない。だから盤石とは言えないようではあるが、むしろ、完全に独立してからの時間の中で、少しずつ築いてきたもので、、、
「尊重と共感」──相手の存在をまるごと受け止めること。
「今を否定しない」──過去も現在も、その人の歩みとして認めること。
「強みと向き合う」──その人自身が持つ力に、静かに光を当てること。
この三つを軸に、誰かの中にある可能性と向き合ってきた。

もしこの姿勢に価値を感じてくれているのだとしたら、足元は確かに固まりつつあるのかもしれない。
今の心境は、歓喜ではない。むしろ、静かな緊張感がある。
「自分しか救えない人がいる」──本気を出して、、、がプレッシャーとしてのしかかってきている。

この先も自分自身もアップデートを続けなければならない。
誰かのために本気で向き合うなら、自分もまた、更新され続ける存在であるべきだ。
今日という日を、ただの通過点にしないために。
この感覚を、深く刻んでおきたい

well being それではまた!!