「縁」を大切にする礎!!!

春の芽吹き 自宅の庭にて

皆さん こんにちは!大学を卒業して何んとなしに道路建設会社に就職をしました。

赴任先は新潟工場の製品営業(アスファルト加工製品の販売)ということで3月にアパートを見つけに現地に向かいました。

さびれた駅で降りて「一部上場企業の工場ってどこだろう、まあよく分かんないけど一番大きな工場だろう!」と歩き始めて住所を辿ると小さなぼろ工場しかありません。途中で電話したらそこだよと言われて愕然とした思いがあります,よっぽど入社試験の成績が悪かったのだと笑

様々な方にお世話になりましたが、ビジネスマンとして 人として 成長させてくださった恩師と出会いました。助手席にのっていると「ここ曲がれ」「そっちだ」といちいちせっかちな人で、はじめは閉口しました。

反面とても面倒見がいい方で、決裁者である社長や取締役の方と同席させてもらい、何を望んでおり何を提供しなくてはならないのか 本質を掴む力・臆さず話が出来るようになったのはこの時のお陰だと思います。それから13年工場のマネジメントまで携わり、営業と現場を駆けずり回りました。

その方から一番影響を受けたのは「一度お世話になったら徹底的に礼を尽くす」ということです。引退・退職・出世街道から外れたら手のひらを返したり疎遠にする方が多い中、本当に「縁を」大切にする方で、全然ぶれずに何も変えない、お世話になった事実は色褪せない!これは本当にかっこよかったです。

この後札幌に転勤になり、サラリーマン生活は14年弱でピリオドを打つことになります。そしていよいよ同族の会社へ戻ることになるのです!

それではまた!!!

天命を引き寄せる!!!

春の芽吹き 自宅近くにて

皆さん こんにちは 中台です。

さてさてこの受験の時に整理できたことが2つあります

①努力が必ず結果に表れるものではないが、努力しなかった場合は結果は出ない「中台は合格したんだ、でもあいつ勉強やっていたもんな」という言葉を聞きました。やはりやるだけやらないと運もついてこないということでしょうか。

②やれば出来るということ。あいつは一流、僕は二流,,,それはその瞬間のことであって絶対的指標ではなく、移ろうものであること。

これに18才で体感できたのはラッキーでしたね!まあその後は反動が出て全く勉強もせず「体育会だから出席が悪いの?」なんて言われる有様でした💦このモラトリアム期間は本当にラグジュアリーな時間でしたね^^

それではまた!!!

一度やったんだからまた出来るに決まっている!!!

皆さん こんにちは!中台です。三日に分けてお話した大学受験ですが、50歳を過ぎてここまで目ん玉ひっくり返る経験したのは始めてで、それを超えるぐらい不退転で臨めたのはその時ぐらいだと言えます。

本当に目指したい、こうありたいに真っすぐ愚直に誠実にあった!それが18歳の時に経験できたのが、私の正中線になっているのは間違いないです。

なのになのにそれ以降は調整し続けてきてしまった人生だと思っています。

平々凡々でありたいわけじゃない、出来た実績があれば当然これからも出来る‼と想い進みたいと思います。

それではまた!!!

何かが突き動かしてくれた!!!

春の芽吹き 自宅の庭より

皆さんこんにちは!中台です

さて浪人をして何故か夢中になれました、信じられないくらい没頭できたんです。あれよあれよと受験シーズン到来し、明治・立教しか受けないと臨みダメなら2部から転部を考えていました。

  行きたかったのは明治大学、法学部・文学部・商学部・経営学部の4つを受験し,文学部商学部経営学部は前年の大学の手応えから「こりゃー3つ合格したらどうしようかな^^」と能天気なものでした。

しかし法学部・商学部そして,,,一番できたと思った経営学部も不合格,,,これには参りました。前年の手応えは偏差値10低いところだったので全然違うことにやっと気が付き、布団の中でどうしようどうしようと震えてました。何とか文学部を合格して頭が真っ白に!両親に電話したのは覚えてますが、もう感無量でその後はどこをどうやって帰ったのか覚えておりません!

それではまた!!!

今の礎になっている大学受験!!!

皆さんこんにちは!中台です。

さて「全否定からの大返し」についてまずは大学受験の時まで遡ります

私は幼稚園から高校まで剣道をやっており、キャプテンとして夏の高体連まで没頭しました。終わって大学受験,,,当然間に合わないになりました^^

そこで文系だった私は100点×3教科(英語・日本史・国語)のところを選択し、得意だった日本史を100点近く取って他は勉強しなくても50点は取れるだろう合わせて200点なら合格だ!の戦法をとろうと決めました。

全部の授業・勉強をに日本史に集中させ授業放棄、先生方にも相当渋い顔をされました^^

幸いある東京の大学に運よく合格できたのですが、何故か納得感がありませんでした,,,

この感覚は何なのか,,,あっ精一杯はやっていない、やる余地があると本能的に思い、あっさり浪人を決めました。私は浪人するからには明治大学ぐらい行かないと、いや勉強しかしないんだから行けると思っていました^^

当然先生は大反対でして一浪して明治に行けるならみんなそうすると言われました。この時から納得しないと気が済まない性格は会ったのかもしれません^^

それではまた!!!