ウォーキング・ゴルフ・寒さ、、、今を楽しむ生き方

膝や肘の痛みが慢性的になってきた、、、関節痛という言葉を聞くだけで憂鬱になる人も多いだろう。でも、これを忌み嫌っても離れてはくれない。だからといって、日常生活を変える必要はない。相応にウォーキングもするし、ゴルフも楽しめばいい。やってみればそれなりにこなせることが分かるはずだ そう、痛みとの付き合い方であってもゼロサムじゃないのだ

そう、、、いつもいつも状況が完璧にそろっているわけじゃない。何かしらの問題や不具合はある。それでいちいち歩むペースを変えていたら、根本がガタガタになってしまうし進める日がなくなってしまう。だからそれはそれとして、今日も進む。我々は活動する動物なのだ。動かないと、やっぱり気持ち悪いし、調子を自然と落としてしまう。

だから、イロイロと一緒に進みたい。外気は10度以下の寒さになってきている でも、この寒さも冬ならではの自然の摂理だ、、、これも含めて感じていけばいい。現実はそれほど辛辣じゃない。こんなことも思い切って出てみれば以外に気持ち良かったりするのだ

膝痛や肘痛の予防には、適度な休養が大切なんだろう。しかし全部を止めてしまうことはないと思っている、、、痛みも寒さも、現実の一部。だから、今日も歩む、、、そして今日も動く。そうして、日常を積み重ねていく。

well being それではまた!!

「膝や肘の痛みは体からの警笛|今やるべき治療とトレーニングの意味」

膝や肘の痛みを感じるとき、人はつい「そのうち治るだろう」と思ってしまう,,,湿布を貼る、痛み止めを飲む――そんな対処療法で済ませてしまうことも多い。しかし、それは本当に正しい選択なのだろうか。今回、正しく自分が痛みを抱えながら考えた。適切に治療をし、トレーニングをするという筋道を立てることは、決して回り道ではない。むしろ、それこそが最短距離なのだ。

これまでの自分は「ごちゃごちゃ言わずに進んじゃえ」で無理を重ねてきた。仕事や趣味を優先し、カラダの声を無視してきた結果、帰って悪くしてしまった。今感じているこの痛みは、まさにその警笛だ。カラダは資本の根本であり、おろそかにしてはいけない。

そして、”今やれることは今やる”、、、それが一番大事だと痛感する。

治療に行く、計画を立てる、トレーニングをする――この筋道は、いとも簡単に後回しにしてしまうものだ。理由は単純だ。忙しさ、面倒くささ、そして「まだ大丈夫」という根拠のない自信、、、しかし、痛みが慢性化してからでは遅い。今回ばかりは違う。

この痛みが何を指し示しているのか、よく考えた。「今やる」ことを決める。それが未来の自分を守る第一歩だ。

湿布や痛み止めは一時しのぎに過ぎない。

本当に必要なのは、原因を突き止め、適切な治療とトレーニングを組み合わせることだ。そうすることで再発を防ぎ、パフォーマンスを維持できる。痛みは体からのメッセージだ。無視してはいけない。今回の気づきはシンプルだ。痛みを軽視しないこと、後回しにしないこと、そして「カラダは資本」という当たり前の事実を忘れないこと。

あなたは、体の警笛を聞き逃していませんか?

今やるべきことを決める。それが未来の自分への最大の投資だ。

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前橋市長辞任に学ぶ、公人の責任と潔さ

小川晶前橋市長の辞任に想う。

前橋市が「ラブホ」が枕詞になってしまった状況は、都市のブランドにとって大きな痛手であり、このイメージの損失はしばらく尾を引くだろう。

市長という立場は単なる行政のトップではなく、地域の象徴であり、都市の信頼を背負う存在だ。その意味で今回の事態は、個人の問題にとどまらず、前橋市全体の価値に影響を与えるものだった。

お相手は妻帯者であり、何もなかったとしても「だったらセクハラ」となる。どちらにしても「仕事はきちんとやっているので問題ない」という論理は通用しない。公人には職務遂行能力以上の「あり方」が問われるからだ。今回、擁護派からは「リーク説」や「仕事はきちんとしているのにこれぐらいで…」という声が上がったが、その論調こそが批判を招き彼女を袋小路に追いやったのだ。

公人の評価は「仕事の成果」だけでなく「信頼と象徴性」に基づくものであり、市長という立場は地域社会の規範を体現する存在だ。報酬減額など彼女なりの責任の取り方はおこなったが、幕引きを長引かせたことで事態はさらに悪化した。理屈を重ねるより、早期に辞職・出直しを決断していればここまでのダメージは避けられたはずだ。

支援者から「潔い決断」を促す声がもっと強くあれば結果は違ったかもしれない。公人に求められるのは説明よりも行動だ。

しかしこの件は「万死に値する話」ではない。人は誰でもやり直す権利がある。むしろ失敗から学び、違う立場で捲土重来を期して欲しい。

そして匿名で過剰に叩く輩に言いたい。「そこまで言う権利はない。何様だオマエ」と。

政治家という職業だというだけでただの人間であるのはオマエと同じだろうがと。

公人の失敗は重いが、再起の道を閉ざすべきではない。

今回の辞任劇は地方都市における「公人の責任」と「潔さ」の意味を改めて問いかけるものだった。信頼を失うのは一瞬だが、取り戻すには時間がかかる。

やり直しの機会は誰にでもある。前橋市の未来のためにも、そして本人のためにも、再起を期待したい。

well being それではまた!!

先送り癖を断ち切る!個人事業主が動き出すための一歩

確かに、期限はまだ先かもしれない。
でも、先送りするということは、後で自分にもっと重い負荷をかけるということだ。新しいことに挑むとき、今やるとストレスがかかる。それが怖くて、心理がブレーキを踏む。分かる、、、誰だってそうだ。

しかし、個人事業主には「誰かがやってくれる」なんて甘えはない
自分で決めて、自分で動くしかない。
本当はどうしなくてはいけないか、分かっている。ごまかせない。
先送りは歯痛のように、ジワジワと心にしみてくる
何となく、いつも背中にまとわりついて離れない。

疲れたココロを起こすには、体を起こすしかない。
痛みは治療して、基本的に動ける状態にしておく。
人間は動物だ。動いて、形を作っていく生き物だ。
動かないでモヤモヤしていると、体から硬くなる。
それを今日、再認識した。

だから、今日は思いっきり動く日にする。
「何もしない」以外なら、1mmの動きでもいい。
その1mmが、止まっている自分を超えるから。
まずは行動だ。未来は、今この瞬間の選択で決まる。

あなたも、先送りしていることがあるなら、今日一緒に動こう
完璧じゃなくていい。小さな一歩でいい。
その一歩が、未来を変えるから。

👉 今日、あなたが動く一歩は何ですか?コメントで教えてください。

well being それではまた!!

やりたいで進む力。受験を迎える娘に学ぶ挑戦の価値

娘へ。今、心から伝えたいこと

娘が受験の最後の追い込みに入っている。遠くから見守るしかない。でも、その必死さ、その熱、その息づかいが、離れていても胸に響いてくる。
自分を見つけて、自分のやりたい方向に進むと、人はこんなにも強くなるのか――そう気づかされている。

「やれ」じゃ進まない。「やりたい」で進むんだ。損得なんて関係ない。

ただ前へ、ただ突っ込む。その姿は、まぶしくて、涙が出るほど美しい


結果?もちろん出ればいい。でも、そこが問題じゃない。どうやったか、そのプロセスは財産になり必ずココロやカラダに残る。それがあれば、また挑戦できる

だから今は、とにかく熱く、熱くやり切ってほしい。何でもやってほしい。

自分を信じて。

親は出せるものを全部出す。

あの子の親になれてよかったと、心の底から思う。

決して決して立派な親じゃなかった。

でも、親らしい感情を持たせてくれた。ありがとう。
応援している、いつも。そしてこれからも。頑張れ。心から

well being それではまた!!