色を塗り始めた日 ― ぼやけた景色の向こうに

夕立と決断の午後 ― ぼやけた景色に色を塗る日

今日も容赦ない暑さだった。 40度を超える気温が続く日々に、身体だけでなく心まで溶けてしまいそうになる。 そんな中、夕方に突然の夕立。 乾ききった空気に水が差され、街の色が一瞬だけ鮮やかに戻ったように感じた。 まるで、張り詰めた時間に「一服しなさい」と言われたようだった。

そして今日、仕事でも一つの節目を迎えた。 ずっと曖昧なまま続いていた関係に、はっきりとした別れを告げた。 それは、感情的なものではなく、静かな決断だった。 「そろそろはっきりさせたい」と思っていたところで、自然と見切りがついた。

何となくの仲で続いていてもはっきりダメということでも売上が伴わなければ、それは「何もない」という意味で同じ。 売上がないという事実は曖昧さと明確さの間にある差を消してしまう。 だったら、はっきりさせた方がいい。 そうすれば、迷いなく前に進める。 もう検討する必要はない。全振りできる。 その潔さが、次の一歩を軽くしてくれる。

ぼやけた景色に、ようやく自分の色を塗れるようになれたのだ それは、誰かに与えられるものではなく、自分で選び取った色だ。 今日という日は、そんな色を塗り始めた「スタートの日」だったと思う。

夕立がくれた一瞬の涼しさと、心の中の静かな決断。 その両方が重なった今日という日を、きっと忘れない。

well being それではまた‼︎

仕掛けるしかない日々の中で、今できることに集中する

緊急ではないけれど、最も重要なことに向き合うということ

「一番重要だけれども緊急ではないこと」──いわゆる“第二領域”に、ようやく手をつけ始めた。そのひとつが、簿記の勉強だ。

日々の仕事や生活の中で、どうしても「緊急なこと」にばかり目が向いてしまう。電話の対応、納期、突発的なトラブル。これらはすぐに手を打たなければならないし、放っておけば問題になる。だから、自然と優先される。

でも、本当に重要なことは、往々にして「今すぐやらなくても困らないこと」の中にある。
簿記の勉強もそうだ。今すぐやらなくても、誰かに怒られるわけではない。けれど、やらなければずっと心の奥でジクジクと痛み続ける。まるで歯痛のように。放っておいても消えないし、むしろ日々の中で存在感を増していく。

この「ジクジクした痛み」は、精神的な負荷となって蓄積される。
「やらなきゃな…」と思いながらも手をつけられない日々は、自己肯定感を少しずつ削っていく。だから、振り切るしかない。やるしかない。

とはいえ、向き合うには体力がいる。
気力も、集中力も、時間も必要だ。だからこそ、後回しにされがちなのだ。

でも、個人事業主にとっては、誰かが道を整えてくれるわけではない。
会社の仕組みも、上司の指示も、マニュアルもない。すべては自分が仕掛けて、自分で整えて、自分で進めていくしかない。だからこそ、今この瞬間に影響できることに集中する。

「今できること」に手をつける。
それが、未来を創る一歩になる。

簿記の勉強もその一石。
今日やった一つのことが、明日の土台になる。
一石一石を積み上げていくことで、今日の建付けが整い、明日の形が見えてくる。

緊急ではないけれど、確実に未来を創るための一歩。
それに向き合い始めた今、少しずつ景色が変わってきている。

well beingそれではまた!!


朝のルーティンがくれる小さな充足

朝の水撒きがくれる、静かな充足と小さな変化

朝、目が覚めるとまず庭に出る。まだ空気が澄んでいて、陽射しも柔らかい時間帯。そんな静かなひとときに、僕が最初にするのが水撒きだ。

植木鉢に水をやるのはもちろん、今では庭全体を一周して水を撒くようになった。最初は表側だけで、、、玄関前の鉢や花壇に水をやって、満足していた。でも、ある日ふと「裏側はどうなっているんだろう」と気になった。気になり始めると、そこに水をやらないことが妙に落ち着かない。何かが残っているような、そんな気持ち悪さが心に引っかかる。

それ以来、庭を一周するようになった。裏側に回るにはもう一つの水栓を使わなければならないのだが,,,ホースをつなぎ直す手間もあるし、少し面倒だ。でも「やらないことへの心残り」と「やることの手間」を天秤にかけると、自然と手が動く。面倒さに勝てた瞬間だった。

水を撒いた後の庭は、どこか生き生きとして見える。木々の葉が青々と輝き、土の匂いがふわりと立ち上る。気のせいかもしれない。でも、その景色を見ると、心が整っていくような気がする。まるで、自分の中の何かがリセットされるような感覚だ。

そして不思議なことに、やり始めると「もっとこうしてみよう」と次の興味が湧いてくる。ホースの長さを変えてみたり、撒き方を工夫してみたり。やってみた人間にしか分からない、あの小さな発見と満足感。これは、勉強にも通じるものがあると思う。

勉強は始めてからまだ一週間、、、でも、すでに「やらないこと」が不自然に感じ始めている。あと一週間続ければ、きっと習慣になる。今はノッてきている。だから、行けるはずだ 今はそう思って進みたい

well beingそれではまた!!

続けるために必要なのは”意志”じゃなく”環境”だ!!

ミッションステートメントに近づくために一番大事なこと

さてさて勉強の習慣を少しずつつけようとしている、、、やってみて思うのは”続けられる環境をいかに作るか”がカギだということ。

やる場所を変えたり、音楽をかけたり、朝一でやってみたり……いろいろ試している。でも、根本的な課題はスマホからの離脱だと感じている。

スマホという「気を散らす天才」

スマホは便利だ。これ一台で何でもできるし今や生活の中心にある だからこそ、「あ、これもやっておこう」と次々にスマホへ手を出してしまう。

LINEやメールはビジネスに直結するから無視できない。でも、一日に何回チェックしているだろう? 本当にそこまで必要だろうか?

気づけば、重要でも緊急でもないことに忙殺されている。そのたびに交感神経はフル稼働。落ち着いて集中する時間が削られていく。

歩数計として使っているのも、スマホを手放せない理由のひとつだ。こうして、常に「気を散らす天才」をポケットに入れている状態では、集中できるはずがない。

物理的に距離をとる

そこで試しているのが何かをするときは、スマホを1メートル以上離すこと。手を伸ばしても届かない距離に置く。これだけでも、かなり違う。

物理的に触れない環境を作ると、自然と集中できる。人間は散漫になりやすい生き物だから、意志の力に頼るより、仕組みで解決する方がいい。

勉強は「緊急ではないけど重要なこと」

勉強は、今すぐやらなくても困らない。でも、自分のミッションステートメントに近づくための最大の手段だと思っている。

だからこそ、自然とやれる状況を作ることが大事だ。決意だけで続けるのは難しい。環境を整えることが、習慣化の第一歩になる

well being それではまた!!

集中力を邪魔しない音楽、やっと見つけた「味方」

勉強や仕事に寄り添うBGM、やっと見つけた「味方」

勉強や仕事に集中したいとき、BGM選びは意外と難しい。クラシックは格式が高すぎて肩が凝るし、歌謡曲は歌詞に気を取られてしまう。

妻が観ていた韓国ドラマも悪くはなかった、、、韓国語は理解できないから、言葉が邪魔にならない。まるで音楽のようになる 英語とは違う自分にとっては全然わからない言語は新鮮でもある だからこそ心地よく、まるで水のように自然に染み渡る。気づけば、これもBGMのように感じていた。

そんな中、ようやく「これだ」と思える音楽に出逢えた。

自分の落ち着きのなさをなだめてくれるような音楽があることに気づいた。

それがハワイアンミュージック、、、

ウクレレの静かなサウンドは、心をそっと解きほぐしてくれる。音楽として強く主張しないから、勉強や仕事の邪魔にならない。まさに、そっと寄り添ってくれる「味方」だ。

こんな音楽があるなら、習慣化も進むしかない。集中力を高める環境づくりの一歩として、BGMの力を借りるのはとても有効だ。これからも、この「味方」とともに、日々の学びと仕事に向き合っていこうと思う

well benig それではまた!!