なぜ考えているだけでは成果が出ないのか|動いた人だけが状況を変える理由

結局のところ、状況や情景を変えられるのは、動いたものだけだ。
ビジネスにおいても、これは例外なく当てはまる。

考え続けること自体は否定しない。
だが、検討や熟考が「行動の先送り」になった瞬間、それはコストに変わる。
市場も、組織も、顧客も、こちらが立ち止まっている間に確実に動いているからだ。

モヤモヤしたまま今の場所にとどまっていても、
「納得感のある状況」が自然に訪れることはない。
むしろ、動いていないという事実が、判断の精度と自信を削っていく。

ビジネスの現場で評価されるのは、
正解を最初から持っている人間ではない。
仮説を立て、動き、修正し、結果を出した人間だ。

小さな行動でもいい。
未完成でもいい。
実行したことでしか、次の情報も次の選択肢も手に入らない。

筋トレがそうであるように、
行動は必ずフィードバックを生む
数字、反応、手応え、違和感。
それらはすべて、次の打ち手を決めるための経営資源になる。

逆に、動かなければ何も残らない。
残らないから、意思決定はさらに重くなり、動きづらくなる。
これは個人でも、組織でも同じ構造だ。

だから、完璧な計画よりも「一歩目」を優先する。
納得感は、会議室や机の上ではなく、
動いた後の現場でしか得られない

ビジネスにおいて最もリスクが高いのは、失敗することではない。
動かず、状況を変える機会そのものを失うことだ

well being それではまた!!

なぜ筋トレだけは続くのか|スキル向上と印象力アップという二つの成果

それでも筋トレだけは続いている ――見た目という成果が背中を押す

スキル向上には最低でも週二回は触れないと上向かない。
そう分かっていながら、できているものと、できていないものがはっきり分かれている。

研修講師案件の準備やインプットは、正直ペースが足りていない。
やるべきだと分かっているのに、繰り延べになり、動き出すまでが重い。

そんな中で、一つだけ明確に積み上がっているものがある。

筋トレだ、、、

筋トレは週三ペースで積み重なっている

そう筋トレだけは週三ペースで淡々と続いている。
特別に高いモチベーションがあるわけではないし、根性論でもない。

・曜日を決めている
・やる内容を考えなくていい
・やったかどうかが即分かる

この「迷いのなさ」が、継続を支えている。

だが、それ以上に大きい要素がある。

見た目が変わるという“別のフック”

筋トレは、スキル向上という軸だけでなく、
見た目の向上による「印象力アップ」という別のフックを持っている。

カラダつきが変わる。
姿勢が変わる。
スーツやジャケットの着られ方が変わる。

そして何より、自分自身の立ち居振る舞いが変わる。

仕事において、第一印象が与える影響は小さくない。
話す前から「どう見られているか」は、確実に場の空気を左右する。

筋トレは、努力と成果の関係が外からも見える形で返ってくる
この即効性と分かりやすさは、研修準備や知識インプットにはない強みだ。

成果が可視化されると続く

スキル学習は成果が見えにくい。
どこまで伸びたのか、他人にも自分にも分かりづらい。

一方で筋トレは違う。

・重量が上がる
・体が引き締まる
・周囲の反応が変わる

成果が可視化され感じられ、分かりやすく評価が返ってくる。
だから、多少気分が乗らない日でも「やっておくか」と身体が動く。

週三という頻度が保てているのは、
この“報酬設計”が極めてうまくできているからだ。

できている構造を他に転用する

筋トレが続いている事実は、
「自分は継続が苦手だ」という言い訳を完全に否定している。

できているものには、必ず理由がある。

・頻度が決まっている
・思考量が少ない
・成果が外にも現れる

この構造を、研修講師としてのスキル磨きにどう転用するか。
そこを考える方が、「気合を入れ直す」よりよほど現実的だ。

結局、動いたものだけが変わる

動き出すまではきつい。
筋トレも例外ではない。

それでも、動けば終わる。
そして、終われば体も印象も、確実に変わる。

動かなければ、スキルも見た目も止まる。
止まれば、より動けなくなる。

筋トレが週三で積み上がっているという事実は、
成長は意志ではなく設計で決まることを、はっきり教えてくれている。

分かりやすく感じられることから成功体験を積み重ねるのがいいのかもしれない

この成功体験を、他の領域にも広げていきたい。

well being それではまた!!


スキルが上向かない理由は頻度にある|週2回の積み重ねが仕事力を変える

スキル向上に必要な「最低ライン」

スキル向上をしていくには、最低でも週二回はその対象に触れていないと、上向かないと思っている、、、
これは理屈というより、これまでの経験からくる感覚だ

それは20代の頃、アイスホッケーに夢中になっていた時期があった。
その時に強く感じたのが、週二回未満のオンアイスでは、どうしても「氷の感覚」が掴めないということだった。

エッジの入り方、滑走のリズム、パックタッチの微妙な感覚、、、
どれも頭で覚えても意味がなく、身体が覚えているかどうかがすべてだった。
一週間空くと、また振り出しに戻ったような感覚になる。
逆に、週二以上で氷に乗っていると、明らかに感覚が積み上がっていく。

この経験は、今でも自分の中の基準になっている。

ゴルフも同じだと思っている

だからゴルフも同様に、最低でも週二回は何らかの形で触れるようにしている。
ラウンドでも、練習場でも、短時間でもいい。
大事なのは「身体と感覚を切らさないこと」だ。

意識が向いているものについては、比較的こうしたペースを保てる。
好きなこと、面白いと感じていることは、自然と時間を確保しようとするからだ。

問題は、そうではないものが確実に存在するということ。

研修講師案件の準備が進まない理由

特に研修講師案件の勉強準備は、正直なところ、全然そんなペースではない。
週二どころか、「思い出した時にまとめてやる」になりがちだ。

これでは上向くはずがない。

構成を練る、事例をアップデートする、伝え方を磨く。
どれも一度作って終わりではないのに、「仕事だから」「納期には間に合わせるから」と、どこかで甘えが出ている。

分かっている、、、
これがスキルが伸びない典型パターンだ。

没頭した経験があるからこそ

リサイクル事業のように、当時没頭した分野は、多少の“つぶし”はきく。
業界構造、現場感覚、数字の勘、、、
一度深く潜った経験は、簡単には消えない。

とはいえ、それは「当時の磨き」があるからだ。
今の環境、今の課題に合わせたアップデートをしなければ、価値は確実に下がっていく。

そんなことも十分わかっている。

きついのは「始めるまで」
理由は単純で、最初のスタートが一番きついからだ。

動き出すまでは億劫で、時間も取れない気がして、優先順位も後ろに回る。
だが、いざ動き始めてそれが日常になると、不思議と負荷は下がる。

分かっているのに、やらない。
やらないから、また動き出すのがきつくなる。

これは本当に厄介な循環だ。

動かなければ、もっと動けなくなる

一つだけ確かなのは、動かなければもっと動かなくなり、さらにきつくなるということだ。
週二という基準は、完璧を目指すためのものではない。
「錆びさせないための最低ライン」だと思っている。

いきなり理想形に持っていこうとしなくていい。
短くてもいい。雑でもいい。
でも、触れる回数だけは減らさない。

自分への戒めとして、改めてここに書いておく。

スキルは、一気に伸びることはない。
今の一歩をまずは大事に 今の一歩ぐらいを軽視しない

well being それではまた!!

現状維持が家族の選択肢を奪う|世帯主が今考えるべき環境設計

現状維持という名の思考停止、、、

ヒトは環境の影響を過小評価しすぎている。
もっと言えば、「環境を変えるという判断」をとことん避ける傾向がある。

今の自分にフィットしなくなった環境から移動する。
ただそれだけの話なのに、ヒトは驚くほど動かない。

理由は単純だ。
現状維持バイアスという、強烈で怠惰な安全装置が働くからだ。

多少つらい。
多少理不尽。
多少消耗している。

それでも手放さない。
いや、手放せないのではなく、考えないようにしている

仕事になると、言い訳は無限に湧いてくる

典型例がこれだ。

・別に出世したいわけじゃない
・そこそこ自由にやれている
・ライフワークバランスは取れている

うーーんそう思い込んで蓋をしているだけなのでは???

出世欲がないのと、評価されないのは別問題だ。
自由にやれているのと、放置されているのも別だ。
バランスが取れているのと、成長を諦めるのもまったく違う。

都合のいい言葉で現実を包み、
「このままでいい理由」を後付けしているだけにしか見えないのだ

報酬が上がらない会社は、設計ミスか思想欠如か

会社に勤めていれば株主ファースト。
それ自体は構造として理解できる。

ただし、その前提を踏まえてもなお問いたい。

何年も給料が上がらない職場に、未来は本当にあるのか?

給料は額面だけでは語れない。
責任、裁量、成長機会、学習環境――総合評価は必要だ。

だが
「何年も変わらない」
「説明もない」
「改善の兆しもない」

これは、、、

・事業設計が間違っている
・社員を報うという発想がない

このどちらか、もしくは両方であるのだ

設計が間違っているなら、100年経っても直らない。
仮に売上が伸びたとしても、社員に還元しない思想ならそれも100年経っても同じだ。

つまり、未来は会社側から変わることはないのだ

「会社についていけば大丈夫」という幻想

これはもう完全に過去の話だ。

右肩上がりの経済。
大量消費社会。
護送船団方式。

会社にさえいれば人生は安泰だった時代。

今は違う。
その前提はとっくに崩れている。

今がなんとかなっていることと、
これからもなんとかなることは、まったくの別物だ。

ある日、選択肢を差し出せなくなる

年齢を重ねると逃げ場は確実に減る。

子どもは成長する。
進学、留学、挑戦、経験。
「選ばせてあげたい場面」は必ず来る。

そこで気づく。

あ、出せる選択肢がない
あ、金も時間も余白もない

ない袖は振れない。
その現実は残酷だ。

その時に
「もっと早く考えておけばよかった」
と言っても、もう遅い。

世帯主は「自分の人生」だけを生きていない

自分らしく生きることは大事だ。
だが、世帯主である以上、それだけでは済まされない。

環境をどう選ぶかは、
家族の未来設計そのものだ。

今の環境がラクだから。
変えるのが怖いから。
なんとなく続けられているから。

そんな理由で設計していい立場ではない。

現状維持は安定ではない。
単なる責任回避だ。

自分にフィットする環境を選ぶ。
それは贅沢でも、わがままでもない。

一番重たい意思決定を先送りしない  その勇気は持ってほしいものだ

well being それではまた!!

”すべての人に理解されなくていい”という救い!!

1対2対7の法則。動けば、見える世界が変わる

変化についてあれこれ書いてきたが、もうひとつ最近あらためて意識しているものがある。
「1対2対7の法則」 だ。

これは、どれだけ丁寧に動いても、
どれだけ誠実に人と向き合っても、
人の反応は大きく三つのグループに分かれるという話だ。

1割は賛成してくれる人
2割は反対する人
7割はどちらでもない人

つまり、すべての人を味方につけようとすると、必ずしんどくなる。
それは法則として理解しておくとのいいんだと思う。

■ 1割の人は、自然と味方になる

この1割は、こちらの考えや方向性に自然と共鳴してくれる人たちだ。
努力して説得する必要もない。
むしろ、最初から“気が合う”ようにできている。

ビジネスでも、組織でも、プロジェクトでも、
最初にこの1割がいてくれると、驚くほど流れが良くなる。

でも、ここに執着しすぎると視野が狭くなる。
1割は味方だが、世界のすべてではない。

■ 2割の人は、理由なく反対する

どんな提案にも、どんな協力にも、必ず反対する2割がいる。
その理由は、こちら側の問題であることは少ない。
タイミング、気分、価値観、経験…
本人たちにも理由が明確でないこともある。

だから、この2割に力を使いすぎると、
自分の軸がどんどん削られていく。

反対されるのは「そういう枠組みが存在するから」——それだけのことだ。

■ 社会を動かすのは、いつも“7割の人”

そして、もっとも大切なのが7割の人たち。
賛成でも反対でもなく、
“どちらにでも動ける人たち”だ。

この7割は、風向きや空気感、周囲の納得感で動く。
だからこそ、動いている姿勢そのものが影響を与える。

面白いのは、
こちらが一歩動いた瞬間に、
ゆっくりと、でも確実に、この7割が動き始めるということだ。

結局、世界を変えるのは、
賛成の1割でも、反対の2割でもなく、
その間で揺れている“多数”なのだ。

ただこの人たちはあくまで静かなのだ ただ佇んでいるので分かりにくい、、、

■ 変化はひょっこり訪れ、支持はじわじわ育つ

前の記事にも書いたけれど、
変化は招かれざる客のように突然やってくる。

その変化に慣れるまでのストレスはつきものだが、
動いているうちにそのストレスもだんだん薄れる。

そして面白いのは、
自分が慣れるころには、
周囲の7割も、気づけばこちら側に寄ってきているということ。

「1対2対7の法則」というのは、
結局、変化との付き合い方そのものなのだと思う。

■ まとめ:すべての人に刺さらなくていい。動けば、7割は静かについてきてくれている

賛成する1割、反対する2割、
そして、そのどちらにも揺れ動く7割。

この法則を知っているだけで、
ストレスの感じ方が変わるし、
行動のハードルも自然と下がる。

すべての人に理解される必要はなく、
すべての人を説得する必要もない。

ただ、自分が動くこと。
その姿勢が、最も大きな影響を生む。

変化がひょっこり訪れた今だからこそ、
この法則を思い出して、またゆっくり動き始めたいと思う

well being それではまた!!