“らしさ”を届けるための再スタート 緊急ではないが最も重要なコトに目を向けるコト

7月最終日に決意する

7月も今日で終わり。今月はスポットコンサルの動きが鈍く、最低限守りたいラインに僅かに届かなかった。数字だけ見れば惜しいとも思える結果だが、それ以上に感じたのは「このままでは同じことの繰り返しになる」という危機感だった。

やっぱり「あなたは何ができるの?」「何屋さんなの?」という問いに、明確な答えを持っていないと、選ばれない。なんとなく進んで、なんとなく下がって、同じところを行ったり来たりしているような感覚、、、これはもう終わりにしなければならない。

何度も触れてきたが、自分は「経験したくない経験」を経て今ここにいる。だからこそ、底を見た人間にしか持ち得ない慈愛をもって、誰かが“らしさ”を手に入れる手助けをする。それが自分のミッションステートメントだったはずだ

だとすれば、「何屋さん?」という枠で訴求していきたい。分かっていたことだ。

”緊急ではないけれど、最も重要なこと”そのことに今こそ、目を向けるべき時だ。

最も重要なことなら、朝一にやるべきだろう。ということで、明日から6時起きで勉強の時間をスタートさせる。30分でもいい。15分でもいい。とにかく毎日続けること。習慣化には一か月はかかるだろう。

そこまでは、面被りクロールで泳ぎ切るしかない(笑)

well beingそれではまた!!


猛暑の決勝戦、魂のぶつかり合い──健大高崎 vs 前橋育英

【高校野球決勝】健大高崎 vs 前橋育英──35年ぶりの観戦で見た“今”の高校野球

高校野球の決勝戦を観に行った。健大高崎と前橋育英──群馬を代表する強豪同士の激突。思えば、高校生以来の観戦だから、実に35年ぶり、、、40度近い猛暑日だったが、それでも心から楽しめた。

健大高崎はエース二人を温存しながら決勝まで無失点。信じられないほどの強さ、、、一方の前橋育英も好守が際立ち、まさに一歩も譲らぬ戦い。140kmを超える速球に七色の変化球、それを打ち返す打者たち。そして鋭い打球を捌く守備。目が離せない攻防が続いた。

かつて「出ると負け」と言われた暗黒の時代は、今や遠い昔。全国優勝候補と呼ばれる両校の真剣勝負を目の当たりにできたのは、本当にラッキーだった。

地方球場ならではの距離感の近さも印象的だった。選手の躍動が息づき、飛び散る汗が見えるような臨場感。どちらにも勝たせてあげたいと思うほどの好勝負だったが、勝利の女神は健大高崎に微笑んだ。

よくやった健大高崎。よく戦った前橋育英。心から賛辞を贈りたい。自分たちのすべてを懸けて凌ぎを削った真剣勝負は、本当に見ごたえがあった

思い切り打ち込む姿は何と美しいものなのか、、、若いからこそでもありだが今の自分でも出来ることはあるはず、、、この胸が熱いうちに行動したいと思う

well being それではまた!!


「春夏秋冬を越えて:ゴルフが教えてくれた継続の意味」

ゴルフレッスン1年の軌跡:技術は伸びた、でもスコアは…

ゴルフのレッスンに通い始めて、やや1年が経過した。振り返れば、アイアンは一番手伸び、ドライバーも250ヤードまで飛ぶようになった。ウエッジもバンスを利かせて打てるようになり、技術的な成長は間違いなく感じている。

だけど、それがスコアに直結しないのがゴルフの難しいところだ。

この理由は、少し掘り下げれば見えてくる。練習というインプットはたくさんしているのに、本番コースというアウトプットとのバランスが取れていないのだ。練習場ではうまく打てても、コースに出ると結果が伴わない。これは、インプットと同量のアウトプットをしていないからだと思う。

アウトプットを増やすことで、今の自分と向き合える。でも、この「今と向き合う」という行為が、実は一番やりたくない。なぜなら、現実は辛辣だからだ。思ったように打てない、スコアが伸びない、ミスが続く…。それでも、今と向き合わない限り、先には進めないのもまた事実。

だからこそ、やっぱりアウトプットの量を増やしていく。そうすると、やっぱり結果は出てくるのだ。途中でやめてしまうか、今日もさらに進もうとするか――その違いが、未来を分けるのだろう。

そして、1年は掛かった軌跡、、、積み上げて、積み上げて、やっぱり春夏秋冬は掛かるのだ。焦らず、腐らず、続けること。それが、ゴルフだけでなく、何事にも通じる真理なのかもしれない

well being それではまた!!


”おらが街”の未来形──祭りとマルシェの融合点

東吾妻町の夏祭りで見た、“続く祭り 続く街”の新しいカタチ

東吾妻町の夏祭りに足を運んだ。
伝統的な山車や太鼓が鳴り響く中、若手が中心となって企画したマルシェ的なイベントが融合していた。これが実に面白い。

「おらが街」のアイデンティティとして、昔ながらの祭りは確かに欠かせない。だが、少子化と人口減少が進む今、それだけでは人を惹きつける力が弱くなっているのも事実。
そこで登場したのが、“サステなマルシェ”という新しいアプローチだ

「こうしなくては」から「こうしてもいい」へ

マルシェということなら。誰でも気軽に参加できる。
「こうしなければならない」ではなく、「こうしてもいい」「こうしたほうがいい」という柔軟な発想が根底にある。
その空気感が、地域の多様な価値観を受け入れ、巻き込んでいるのだ

資源が価値に変わる瞬間

特に印象的なのは、古紙やアルミ缶といった有価資源を集めて売上を生み出し、それを祭りの賑わいに還元する仕組みだ
誰かにとって不要なモノが、誰かにとっての必要なモノに変わり、それが地域の“必要なコト”につながっていく、、、
この循環が、無理なく、しかし確実に続いていくように設計されている。ここまで研ぎ澄まされた仕組みには、ただただ頭が下がる。

熱量が人を動かす

熱量の高いリーダーがいて、その背中を見て自然と人が集まる。
無理をしない、、、でも本気でやる。そんな空気が、祭り全体に満ちていた。
自分もこの価値の一部になりたい、もっと関わりたい。そう思わせる力があったのだ

well being それではまた!!


ココロを整えるプロがいる──コンサルを使うことの本当の意味

プロスポーツ選手の長寿命化を想う

〜カラダだけじゃない、ココロの強さが未来をつくる〜

かつて、プロスポーツの世界は「肉体の限界」に挑む場だった。激しい競争の中で、選手たちは食事やトレーニングに徹底的に取り組み、専門のコーチがついて体を鍛え上げてきた。今やその成果は明らかで、選手寿命は確実に延びている。

でも、最近の変化はそれだけじゃない。
“メンタルコーチ”の存在が、選手のキャリアやパフォーマンスに新たな光をもたらしている。

メンタルの切り替えは、ひとりでは難しい

勝負の世界は非情だ。どれだけ努力しても、結果は一発勝負の勝負のアヤもあり、、、必ずしも思う通りにはならない。自分の問題だけではないのに自分を全部責める方向へ向かってしまう。
そんなとき、メンタルコーチがいることで、ココロの切り替えが促される。現実に押し潰されそうなメンタルを、そっと支えてくれる存在だ。

ココロが整えば、カラダも自然と動き出す。これはスポーツ選手だけの話ではない。

ビジネスマンにも必要な“メンタルの伴走者”

そう思うと日々戦っているのは、ビジネスマンも同じだ
プレッシャー、成果主義、時間との闘い…。そんな中で、ココロを整えるコーチやコンサルの存在は、むしろもっと気軽に使っていいはずだ

スポーツ選手でいう“メンタルコーチ”のように、ビジネスの現場でも自分の思考や感情を整理してくれる存在がいるだけで、パフォーマンスは大きく変わる。
しかも、相性が合わなければ変えればいいだけ。リスクは小さいし、むしろ試してみる価値の方がずっと大きいと思う

「コンサルを使うなんて恥ずかしい」と思う必要はまったくない。
強靭なスポーツ選手ですら頼っているメンターを、あなたもぜひ使ってみてほしい。

最後に

整えるべきは、まず「ココロ」。
そこが整えば、カラダも創られ、、、仕事も、人生も、前に進める。
そうだと分かれば使うしかないのでは⁈

well being それではまた!!