失くすほどの自信はなかったはずだ、、、まだ「未完」であっただけだ!!

自信を無くす理由はない,,,

人は時に、理由もなく不安になる 季節が移り変わるように、心の中にも揺れ動く感情がある 気候に影響されて気分が変わることもあれば、ふと自分の歩んできた道を振り返り、「果たしてこのままでいいのか」と考え込んでしまうこともある

しかし、そんな瞬間にこそ、冷静に問いかけたい——自信を無くす理由が本当にあるのだろうか?

もし、これまでに全力を尽くし、それでも思うような成果が出なかったとしたら、そのときは「自信を失う」ということが起こるのかもしれない。だが、実際はどうだろう。多くの場合、私たちは本当の意味で「やるだけやった」と言えるところまで到達していない。三日坊主のように途中で諦めてしまったり、何となく気持ちが続かずに歩みを止めてしまったり——そうした「未完」を、あたかも「失敗」とみなし、そこに「自信喪失」という名をつけてしまう

しかし、それは本当に「失う」べき自信だったのだろうか。そもそも十分に積み上げてもいないものを「無くなった」と嘆くのは、何か違う気がする。

だからこそ、まずは「失ったら困るほどの量の自信」を積み上げることから始めるべきだろう でもそれがなかなか難しい、、、自信というものは、一朝一夕で築かれるものではないからだ 一進一退を繰り返しながら、少しずつ、着実に積み重ねることで形を成していく。その地道なプロセスこそが、習慣を変え、人生そのものを前進させる原動力になるのだ

思い返してみると、努力して後悔した人を私は見たことがない。しかし、努力しないまま後悔した人なら、数えきれないほど見てきた。成功とは結果であり、それに到達するまでの過程が、すべての試行錯誤を含むものであるならば、途中で歩みを止めることこそが、最も大きな損失なのかもしれない。

では、自分はどちらの道を選びたいのか——その答えはすでに明らかだろう。諦める理由など、どこにもないのだから

well being それではまた!!

どんなコトでも自分のチカラに変えていく!!

嫌われることにゾクゾクする、、、

人は誰しも、好かれることを望む 人間関係を円滑にし、社会の中で生きやすくするためには、他者との調和が必要だからだろう だが、一方で「嫌われる」という現象もまた、強烈な影響力を持つ 

イチロー選手の「嫌われることにゾクゾクする」という言葉は、この現象を逆手にとり、自身のエネルギーへと昇華する考え方の表れだ。

嫌われるということは、相手の意識の中に自分が深く刻まれている証拠でもある 無関心とは違い、相手の感情を動かしていることには変わりない。むしろ、まったくの無関心こそが最も厄介だ。何かしらの評価があるからこそ、そこに自分の存在を確認できる。賛否を巻き起こすほど、自分の影響力を実感できるということだ。

この考え方は、一般的な価値観とは大きく異なる。多くの人は好かれることで安心し、評価されることで承認欲求を満たそうとする。しかし、イチロー選手はその対極にいる。嫌われることすら、自分のスタイルを確立するための一つの要素として捉えている。他人にどう思われようが、自分が信じる道を貫くこと。それが、結果として自信につながり、さらなる前進の原動力となる。

もちろん、嫌われることを推奨してハチャメチャでは困る。ただ、他者の評価に振り回されて、自己の決断を曖昧にするくらいなら、嫌われることさえ力に変え、自分の意志で進んでいけばいいと思う 周囲の反応にいちいち左右されず、「へぇ、そういうことか」と冷静に受け止め、「じゃあやってやるか」と決断する。余計な感情に引っ張られず、自分のスタイルを貫くことで、より鮮明な生き方が見えてくる。

大事なのは、他人の目ではなく、自分の軸を持つことだ。他者の意見を過剰に気にする必要はない。ある程度の省みりは必要かもしれないが、それ以上の修正をする必要はない。最終的に、自分の人生の責任を取るのは自分だけ。他人の評価や批判に流されるのではなく、自分自身の意思で進み、結果を引き受ける。それこそが、本当の意味での「自分で決める」ということなのだろう

そこまで力に変えられたからあの域までいかれたのだろう 

やっぱ凄いですよね

well being それではまた!!

小さな約束を守れば創り上げられる自分への信頼!!

期待して頂いていることを胸に秘めて、、、

トランプ関税の影響が広がる中で、事業をしっかりと築いていくことが何よりも重要だなタイミングだ 時代の変化に振り回されるのではなく、自分自身で軸を持ち、何を成すべきかを明確にしながら進んでいかなければならない ただし、そのためには表面的な対策に頼るのではなく、根本から自分自身と向き合い、本当に重要なことに集中することが必要だ

とはいえ、自分に向き合うという作業は決して楽ではない。自分の弱さや足りない部分が目につきやすくなり、精神的な負担が大きくなる 気づかないうちにストレスが積み重なり、自分を誤魔化すために忙しさの中に身を投じてしまう だが仕事に没頭することで一時的な満足感を得られるが、それでは何の問題も解決しない 簡単な道を選び続ける限り、本当に求めている目標には到達できないのだ。

進むべき道をしっかり進んでいくにはそれを選択した自分を信じることが大切になる。確固たる自信を持つためには、小さな約束を守ることで創り上げていくしかない どんなに些細なことでも、それを達成することで成功体験が積み重なり、自分自身を形作る要素となっていく。成功というものは、一度の大きな飛躍で得られるものではなく、日々の積み重ねの中にあるものだ。その積み重ねこそが、自分を鍛え、強くしていく

前進することに迷いが生じることもあるかもしれない。しかし、一歩ずつでも進めばいい。踏み出すことを決めたなら、その決断を信じて、自分に課した約束を守り抜く 自分を創るのは、他の誰でもなく、自分自身でしかない 他人の評価や外部の状況に左右されず、自らの努力によって未来を形作る。その姿勢こそが、自信へとつながり、確かな成長を生み出していく。

何かを築こうと思うなら、自分自身と真剣に向き合うしかない。逃げずに、誤魔化さずに、自分の弱さを受け入れながら、それでも前を向いて進んでいく。その積み重ねが、やがて揺るぎない信念となり、目標へと導いてくれるはずだ

よし今日も進みましょうか

well being それではまた!!

循環する地域社会の実現へ、、、住み続けられるまちづくりを可能にする継続力

循環する地域社会の実現へ——住み続けられるまちづくりを可能にする継続力

群馬県東吾妻町では、新聞店の店主が中心となり、街中の古紙を集め、それを資源として売却。その収益を地元のマルシェや祭りの賑わいへ還元する取り組みが続いている。単なるリサイクル活動ではなく、地域経済の活性化と持続可能な街づくりへと発展しているのだ

新聞店には、新聞社から余分な部数が押し付けられる悪習があり、それが残ってしまうことに悩んでいた店主、、、負の遺産をプラスに転じられないかと考え始めたのが約10年前だ 個人的な解決策ではなく、地域全体の仕組みに組み込めれば、大きな変化が生まれるのではないかと着想し、行動を起こしたのだ

新しいことを始めると、必ず予算の問題が立ちはだかる。補助金を活用する手もあるが、それに頼り続けることはできない。本当に持続可能な仕組みを作るには、「誰も無理をせず、自然に動ける仕組み」が必要だ。負担なく継続できる活動こそ、地域の未来を支える力になる。

今では、若手商店主たちが協力し、定期的に役場跡地でマルシェを開催するまでに発展した。しかし、黎明期は孤独だった。新しいことを始めると、必ず批判する者が現れる。「功名心からだろう」「どうせ続かない」など、心ない言葉を浴びせる者もいたはずだ 何もしない者ほど批判する。しかし、店主は信念を貫き、静かに怯まず、弛まず活動を続けた。

10年という歳月をかけた継続的な取り組みが、時代の流れと合致し、サステナブルな社会を求める風潮の中で、この活動が歓迎されるものとして根付いてきた。地域住民の協力が広がり、古紙回収の輪が拡大し、それが街の活力へとつながっている。

地域に根ざした持続可能な街づくりは、一人の情熱から始まり、それが周囲へと広がることで実現する。東吾妻町で生まれたこの動きは、単なる資源循環の枠を超え、人々の暮らしと街の未来を形作るものになっている

一人からでも始まる 始められるを教えられた 皆さんにも、、、そして私にもだ

well being それではまた!!

循環へ ヒトを活かす、、、多様に、、、

オーバー70人財が540万人へ——シニアの活用がカギとなる時代

世界有数のシニア大国のニッポンでは未知なる長寿社会へと突入しようとしている そんあこれからの社会において、「オーバー70」の人々をどう活かすかが、大きな鍵を握ると思っている

彼らは長年の人生経験を積み、酸いも甘いも知り尽くしてきた それなのに年齢を理由に役割を終えたかのように扱うのは、あまりにももったいない。もちろん、体力の問題は避けられないが、若いころのように「俺が俺が」と主張せず、尊重と共感をもってチームを支え、照らす存在になれるのがシニア世代の強みなのだ

年齢で線を引くのではなく、それぞれの希望に応じた選択ができる人事制度が必要だ。働かずに趣味に生きるのもいいし、仕事を通じてフィードバックを得ることで社会とつながるのもいい。その柔軟性こそ、これからの社会の強みになっていく。

若者とシニアの共存にも注目すべきだ。若者は経験が浅く、怖さを知らないからこそ大胆な挑戦ができる 一方で、シニアは協調性を重んじ、円滑な関係を築くことが得意だ この二者が互いの特性を活かしながら共存できれば、新しい価値が生まれ、創造的な社会が広がる

ただ、「頑固」「昔の考えに固執しがち」といったシニアへのイメージは、いまだに根強い 「知らないから」「自分のほうが経験があるから」といった比較や批評が強くなりすぎると、周囲との摩擦を生むこともある。それが「老害」とされ、意図せずともそう見られてしまうこともある。そうならないためには、世代間の相互理解を深めることが重要になる。

人材不足が進み、社会の変化が加速する今、オーバー70の人財をどう活かしていくか、、、この問いに向き合うことが、持続可能な社会を築くための鍵となる

誰しもが”持続可能”を求めている、、、同じ目的目標であることは改めて想っておきたい

well being それではまた!!