自分に集中するだけ!!

自分ができることに全力を尽くす、、、それだけで十分だと思う

結局のところ、人生とは行動を起こすことでしか始まらない そして、自分の行動に対するアプローチは選べても、相手の反応や結果をコントロールすることはできない 良いフィードバックがあれば素直に受け入れればいいし、ヘイトが来れば軽く受け流せばいい だって行動している人だけが、良し悪し問わず反応を得ることができるのだ。そして、進むほどに風当たりは強くなるもの、、、だからヘイトはむしろ、自分が前進している証として捉えればいい

心が動かされることがあっても、日々のやるべきことは変えない方がいい。ペースを乱すことなく淡々と進めることが大切だ

腐って動かなくなるのは、単に勿体ない話だ やるべきことはシンプルに「やり続けること」、、、ここで他人のネガティブな意見に引っ張られるべきではない

もしヘイトに気持ちが引っ掛かるとするなら、それは自分がまだその次元に囚われているのかもしれない。それを乗り越えれば、いちいち気にする必要がなくなるだろう。よく相撲で引き技で敗北した際に「それを食らう方が悪い」と言われることがある。善悪はともかく、本当に超越していれば気にも留めない留まらないはず 

そう考えれば、自分を奮起させる材料として活用できるかもしれない。

そして、そういった姿勢を貫きながら進み続ければ、ふとした瞬間に売上という成果が舞い込んでくるものだ いつでも評価というものは相対的なものであり、結局は見る人によって異なる 同じ行動でも、それを見る人によって良し悪しの捉え方が変わるのだ だからこそ、自分自身はただ前を向いて進むことだけを意識する。

それが、最も自分らしい在り方だから

連休が始まった

自分は交感神経を休ませたい

well being それではまた!!

「ねばならない」がないことの難しさを反転させる!!

「ねばならない」がないことの難しさ,,,

個人事業主としての働き方には自由である。「ねばならない」という外的な圧力が比較的少なく自分で決められるのが特徴だ。もちろん、契約主の機嫌を伺いながら仕事を進めなければならないこともあるし、望んでいない仕事を仕方なく引き受ける場合もある。しかし基本的に、自分がどうしたいのかを主体的に決めやすい立場、、、もちろん責任と引き換えにではあるが、、、それが個人事業主だと思う

自分で意思決定ができるこの環境には確かに魅力はあるが ある程度満足のいく状況に到達すると、日々を何となくやり過ごそうと思えば、それもできてしまうのだ しかしその「何となく」が始まった瞬間から、人は退化を始める。日々変化する日常から取り残され、時間の波に飲み込まれてしまう そして忙しさを言い訳に、本当の自分や物事の本質から目を背けると、その距離はますます広がっていくのだ

だからこそ、「ねばならない」が外にない分、内に自分との約束を大切にするべきだ。「こういうことを描きたい」「こうなりたい」という目標や理想をまず創り上げる。それが誰かの役に立つなら尚更自分自身を奮い立たせるものであれば、それは大きな力となる

そんな目標を支える自分自身の「ねばならない」が欲しい。それは未来へのビジョンを支える自分に課す重要な使命だ。

「自分しか救えない人がいる」と気付けることは、ある意味幸運だ。それは使命感を意味するからだ そして使命感を持てるのは特別なことのような気がする このような使命感を胸に刻み、それを担う覚悟を持ちたいところだ

例えば、勉強を始めるとき、その動機を「ねばならない」として捉えるのは有意義だ。「ねばならない」という枠組みに置けば、それが単なる選択肢ではなく、成長のための必然性となる。こうすることで、描きたい未来に向かって確実に進んでいける

上手に「ねばならない」を使い 自分を創っていきたい、、、

well being それではまた!!

それなりに過ごせたコトこそ本当の豊かさになるのだろう!!

いつでもどこでも幸せを見つけられれば、、、

今日も特にこれといった出来事がなく、平凡な一日だった。まあ、実際そんなもんなんだ 毎日がリア充であったり、特別なことが起こったりするわけではない。考えてみれば、リア充というのは、その瞬間瞬間の積み重ねであり、一日中それが続くなんて現実的ではない気がする でも、そんな日常の中にも、瞬間的な楽しみを見出すことはできると思うのだ

何か特別なことが起こらなければならないという考えはむしろプレッシャーになる 今のありのままの日常の中にも、目を向ければいろんな小さな「幸せ」は転がっている。例えば、心地よい風を感じる瞬間だったり、気温が少しずつ暖かくなってきたなと感じるときだったり、昼ご飯を美味しくいただけたなという実感だったり。これらは誰にでも訪れる、ごく普通の出来事だ。それを「なんでもないこと」として見過ごすのではなく、しっかり事実として感じ取ること。それが「あ~、なんかいいな」「あ~、少しほっとする」といった小さな喜びになる 交感神経が交錯しているのを休めさせれたならそれでいいのだ

過度に期待を持たず、それでいて否定的にもならない。日常の中で「何てことがない」状態こそが、実は大事なんじゃないかと思う。今日もこうして無事に過ごせている、それで十分なのだ。何も特別なことがなくても、何も起こらなくても、そんな一日をしっかりと「生きる」ことで、明日への希望が開けていくんじゃないかな。

どこにいても、どんな状況でも、幸せを想像できる。それができれば、いつでも自分を穏やかに保つことができる気がする。全く「何てことがない」一日でも、その一日を慈しむ心を持てたら、それだけで明日への道が明るくなる。

平凡で、それなりに過ごせる日々の中に、本当の豊かさがあるのかもしれない

well being それではまた!!

事実ベースで進みたい!!

事実ベースで進もう、、、

自分や他人に対する評価とは、相対的なものであり、決して絶対的なものではない それは常に変わり続けるものであって、一瞬の感覚に基づいた流動的なものに過ぎない。さらに言えば、その評価はその瞬間だけに存在するものであり、永遠に固定化されるようなものでもない。それが事実だと思う

例えば、「これは弱みだ」と決めつけられる点があったとしても、それが本当に弱みであるかはその見方次第だ 一方の視点からは弱みに見えたとしても、別の角度から見ればそれは立派な強みとして働くことがある 強みという視点を持って捉え直せば、それまで弱みとして気になっていた部分はほとんど気にならなくなることだってあるだろう。仮に一時的に「弱み」だと思われる場面があったとしても、それは今この瞬間だけのことであり、絶対的な評価ではない

そうした気づきを得た時こそ「今日が吉日」なのだ。その瞬間をきっかけに、小さな一歩からで十分だから、アップデートを始めていけばいい。完璧を目指す必要はない。ただ「伸びしろしかない」と信じ、一歩一歩進んでいけばいいのだ

まずは冷静に、今の自分や状況を事実に基づいて見直してみる。そこに感情的な反発や抵抗を加えず、素直に粛々と事実を受け止める。それが第一歩だ。「今」を否定するのではなく、相対的な視点から冷静にとらえ直し、次へ進むべき道を模索する。その未来にはまだ見えない領域が広がっているからこそ、不安が付きまとうこともあるだろう。しかし同時に、未知の未来には楽しみが潜んでいる可能性だってある。

人間はしばしば印象に引きずられやすい。印象の影響でポジティブな側面が消されてしまいがちだ。しかし、そのポジティブな側面に意識を向けることで、新たな可能性が見えてくるはずだ。そうやって動き出せるなら、賽の目は新たな方向へと転がり始める。そして、そこから生まれる変化こそが未来を切り開く力となる

よし今日も、、、

well being それではまた!!

今日という日も、その希望を胸に秘めながら、一歩ずつ進んでみる。未来はまだ創れる。未知の楽しみを期待しながら歩み続けよう。

”これで良かった”にすることは出来るのだ!!

人生は選択の連続だ、、、

そう、、、今日一日を振り返っても、「こうしよう」「ああしよう」と、数えきれないほどの選択を重ねてきた。それは、働いている人も、そうでない人も同じで、、、会社に行くこと、そこで働くこと、それらの選択は決して誰かに強制されたものではない。ただ、その選択が積極的なものか、、、もしくは消極的なものか、、、そこの受け止め方ってとても大きいと思っている

自らの意志で選んだはずの決断でも、時にはそれを何かのせいにしてしまうことがある 無意識に外的な要因へ責任転嫁してしまうのだ それゆえ、選択をする際には、一度立ち止まって自分に問いかけてみればいい 

本当にそうしなければならないのか、、、本当にそれをしたいのかをだ こうした問いを投げかけることで、自分の選択に対してより深く正面から向き合える。

なぜ今日このように強く考えたのかというと、久しぶりにビジネス仲間に会ったからだその彼がこう言っていた。「選ばなかった道を後悔しないように今を創りたい」と、、、この一言が胸に刺さったのだ やってみなければわからないことは多い そして、成功しようと失敗しようと、過去に後戻りはできない。それでも進んだこと自体に一定の価値はあるのだ だからそのまんまプラスに考え鷹揚に構えたい 成功することもあれば失敗することもあるが、それらすべてが人生という物語の一部なのだから

失敗したとき、悔しさや苛立ちに襲われることもあるだろう だが、それを糧に次へ進むことができれば、それは価値あるコトに変わる。選択をした時点で、既に動き出せているのだ、、、だから後悔に囚われる必要はない。

選ばなかった道を羨望せず、選んだ道で自分を作り上げることに集中するほうがいい。選択しなかった道に負けない自分を育てていく。そして、成功もつまづきも含めた人生の凸凹を楽しむこと。それこそが人生の醍醐味だ。

選択した道を進むために、今日も自分自身と向き合いながら歩んでいきたい

こうして良かったとなるために今を生きたいと思う

well being それではまた!!