毎日を刻む人たちに出会って!!

毎日を積み重ねる人たちに出会って

最近、なぜか「毎日の習慣を欠かさず実践している人」によく出会う。
一人は、仕事が終わった後に毎日5kmのランニングを欠かさない人、、、
もう一人は、朝5時に起きて毎日ジムに通っている人だ

どちらも「週に何回か」とか「一日おき」といった“ややこしいルール”は設けていないく、、、ただ、ロボットのように、淡々と、定格的に毎日に刻んでいる

毎日やることの意味

もちろん、体力はついてできることも増える。
でも、それ以上に大きいのは「やれている」という事実がもたらす 自信と自己肯定感 だ。

ひとつやれると、「あれもやれるかも」と思える。
その連鎖は、まるで複利のように広がっていく。
だからこそ、毎日やることには、とてつもなく意味があるのだ

年齢は関係ない

出会った二人は、年齢も自分とさして変わらない。
つまり、これは年齢の問題ではない。
「自分がどうしたいか」を根っこに持てるかどうか。
それだけだ。

いつからでも、どこからでも、誰でも、、、リスタートできる。
それを体現している人たちが、すぐそばにいる。

自分も動き出す

そんな刺激を受けて、私もも「毎日1万歩」をまた始めている。
もしこれを続けられれば、ブログを1200日近く書き続けてきた自分だ、、、きっと彼らに追いつける。
だったら、やってみよう。そう思えているのだ

引き寄せている自分

こんなにも身近に、刺激をくれる存在がいる。
それは、きっと自分がそういう存在を引き寄せているから。
そして、自分自身もまた、誰かにとっての「刺激をくれる存在」になっていきたい。

今日も、歩こう。

明日も、書こう。

そして、続けよう。

well being それではまた!!

無料では動かない現実:リチウム電池回収に必要な“意識の対価”

🔥埋設型リチウム電池の回収が始まった今、私たちが考えるべきこと

最近、一部の自治体で「埋設型リチウム電池」の回収が始まった これは、玩具や小型家電などに組み込まれている電池を、分別せず“まんま”排出できるという画期的な内容だと思う

自然発火のリスクと分別の難しさ

リチウム電池は非常に便利な一方で、自然発火のリスクを抱えているのは何度も触れているところだ。特に埋設型のものは、使用者が電池の存在に気づきにくく、分別排出が更に進まない原因となっている
さらに、取り外すには専用の工具が必要だったり、構造的に分解が困難だったりと、現実的な障壁が多く存在している

“まんま”排出の現実的なメリット

こうした背景から、埋設型でもそのまま排出できる仕組みは非常に現実的で、火災事故の予防にもつながれる
この方法は、制度的にはどの地域でも導入可能なはずだ。にもかかわらず、進まない理由の一つが「無料であること」だと思っている

無料の限界と有料化の提案

無料で提供されるサービスは反面、利用者の意識を低下をさせてしまう
「有料にすることで意識を向けさせる」——これは暴論ではなく、心理的な現実です。
生活に必要なサービスに対して、一定の対価を支払うことは誰もが理解できることで、、、少額の負担や補助金による軽減はあっても、完全無料は持続可能性を損なってしまうものと考える

行政への期待

“まんま”排出が可能になった今、遅れてしまった行政には、現実路線での制度設計をぜひ検討してほしい。
火災事故は待ってくれないのだ、、、安全と持続可能性の両立のために、今こそ一歩踏み出す時だ

well being それではまた!!


夢想から行動へ:ミッションステートメントが導く自己進化の旅

人生のミッションステートメントを描く贅沢な時間:ゼロからイチへの旅

人生の「ありたい姿」を夢想する時間、、、それは、まるでラグジュアリーな空間に身を置いているような感覚になれる こうもできる、、、ああもできる——可能性が無限に広がるこの瞬間は、ワクワクがとまらない感覚になるものだ

しかし、いざそれを実行に移そうとすると、立ち止まってしまうのだ、、、

「そもそも、今って進んでるのかな?」

「やっぱり、やらなくてもいいかも…」 「

別のやり方もあるよね…」

そんな雑音が頭を巡り、せっかく描いた理想が霞んでしまう。だからこそ、スタートの段階では「振り返らない」と決めることが大切だと思っている

習慣化の力:やらない方が気持ち悪くなるまで

行動を習慣にしてしまえば、やらないことが違和感になる。ゼロからイチへ動かすためには、思った以上のエネルギーが必要なのだ その重さを感じながら動き出す序盤は、本当に苦しい。でも、それは当然でもあり自然でもあり誰しものことだ

今の延長線上に、理想の未来があるわけではない、、、だからこそ、バージョンアップには一定の苦しみがあるのだろう

スーパーサイヤ人になるために

例えるなら、サイヤ人がスーパーサイヤ人になるようなもので、、、死んで別のものに生まれ変わる必要はない。今を否定せず、今を大切にしながら進化していけばいいのだ

「自分なら進める」と一旦目をつぶって、まずは一歩を踏み出してみる。やがて目を開けたとき、そこにはこれまで見たことのない光景が広がっているはずだ

最後に

人生のミッションステートメントを描くことは、自分自身への最高の贈り物になる。夢想する時間は贅沢で、実行する時間は挑戦に満ちている 

ただ”行動してこそ”であるのだ

思わなければ始まらないが動かなければ変わらない

思うに満足せず、、、”動く”に集中してみたい

well being それではまた!!


信頼は法の外にある──田久保市長の学歴疑惑と市政の責任

田久保真紀市長の学歴詐称問題──「法令違反ではない」では民意はついてこない

2025年7月2日、静岡県伊東市の田久保真紀市長が記者会見を開き、自身の学歴に関する疑惑について説明。市の広報誌などで「東洋大学法学部卒業」と紹介されていたが、実際には「除籍」であることが判明。市民の間に不信感が広がっている。

■「卒業した認識だった」では通らない

「卒業していると認識していた」「戸惑っている」と語ったが、卒業という人生の節目に対してその程度の認識しか持っていなかったというのは不自然。卒業証明書をすぐに提示できなかったり類するモノを議長や副議長にチラ見させた行為を見ると、本人の中でも確信がなかった可能性が高いと言わざるを得ない 卒業証書やアルバムを持参すると言っていたが、市議会が求めているのは「卒業証明書」。このズレが疑念を深めている。

■「法令違反ではないから問題ない」ではない

確かに、現時点で公職選挙法違反には該当しないかもしれない。選挙時に虚偽の学歴を使っていなければ、法的にはセーフ。しかし、問題の本質はそこではない。政治家にとって最も重要なのは「信頼」。法令違反でなければ受け入れてもらえるいう認識は、社会人として一般人として首をかしげてしまう

■「政治家あるある」で済ませるな

過去にも繰り返されてきた法令違反でなければセーフ、、、「政治家あるある」で片付ける風潮があるが、それこそが問題。間違いであったなら速やかに公開して、よりスピーディーに、誠実に対応すべきだった。今回のように「認識の違いだった」と後から言い訳するのではなく、最初から正直に「確認中」とするべきだった。

■市政を混乱させた責任は重い

今回の件で市政が混乱したのは事実。市民の信頼を損ねたのも事実。法令違反ではないから問題ない、選挙時には使っていないからセーフ、という理屈では民意はついてこれない。政治家としての責任は、法の枠を超えて問われるべきもの。田久保市長にはこの問題に真正面から向き合い、信頼回復に努める姿勢が求められる。

はじめから策を労そうとせずにキチンと向き合う、、、これって言うほど簡単でないのが人間の心理である 社会的地位が高ければ尚更守りたくなるのも分かるが

再出発は、誠実な対応の先にしかない のも事実である

そこからスタートして欲しい

well being それではまた!!


ファッションの終わりから始まる未来:ZARAが開く循環の扉

ZARAがICタグを全商品に導入。ファッション業界の循環にメスを入れる一手

衣料品業界は長らく「販売」と「生産」にフォーカスしてきた。作ることが目的化し、その後の流通や廃棄、再利用に対する関心は薄かった。素材情報は作り手だけが握り、消費者やリサイクラーには共有されない。結果として、リサイクルの現場では素材の特定が困難になり、ほとんどの衣料品がサーマルリサイクル(焼却処理)されてきた。

ZARAが導入するICタグは、この構造に風穴を開ける。製造工場、素材、組み立て方法などの情報を商品そのものに記録することで、リサイクルの道筋が明確になる。リサイクラーが一つひとつの衣料品を解析する必要はなくなり、効率的な再利用が可能になる

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1224W0S4A211C2000000

素材の名称、構造がわかれば、循環の設計は可能になる。これは単なる技術革新ではない。ファッションの「その後」に責任を持つという、産業の思想そのものの転換だ。

現在のリサイクル業界は装置産業化しており、変化には時間がかかると思われる。しかし、環境への配慮や持続可能性への要請は、予想以上のスピードで押し寄せている。旧態依然としている時間はそれほどないのかもしれない

この流れに乗るには、業界全体の意識改革が必要になる。だが、変化はすでに始まっている。ファッションは「使い捨て」から「循環」へ。ZARAのICタグは、その転換点を象徴する存在になるだろう。

well being それではまた!!