意志を創ってみようか‼︎

意志あるところに道拓く、、、

個人事業主は仕事がどんどん流れてくるお勤めの人と決定的に違い 自分を持て余す時がある

それは就業先との契約がしっかりグリップできているからこそなのでそれも実力と言えるかもだが

故に所謂そこそこに陥いりやすいと思っていて、、、今までの知見で勝負していても何となく過ごせてしまう しかしもどかしさは素晴らしいアラートとして自分を刺激してくれる これは具体的な行動、、、それしかモヤモヤを拓く道はない

色々考えていても袋小路により入ってしまうだけ そこは決めて動き振り返るのが損だと思う先まで走ってしまうしかない

まずは睡眠は何よりもリカバリーが大きい お腹いっぱい食べて早めに寝る 少しの寝坊をしてしっかりリカバリーをまずやってみる その上で外に出て歩く🚶そこでいつもと変わっていないコトを確認しながら邪気を払って貰うのだ

そうやってカラダをつくっていくうちにココロが前に出てくる

意志があるところに道は拓く、、、自分も今日をしっかり意志を持って刻むことをしたい

せっかく生きている生かされている今だ そこはまずやってみようと思う

well being それではまた‼︎

地球温暖化を考える,,,

循環へ 地球が臨界点を迎えているのでは、、、

最近は気温が20度を超える日が続き、春らしい気候になってきた。桜の開花宣言も出され、春爛漫の雰囲気である 

しかし、昔ながらの「桜舞う入学式」や「卒業式」という風景は、もはや当たり前ではなくなりつつある。地球温暖化が進行し、その影響が次第に顕著になってきたためだ。
このまま温暖化が進み、冬の期間がさらに短くなれば、桜にとっても大きな問題が発生する。春に形成される桜の花芽は、冬の寒さがなければしっかりと芽吹くことができない。その結果、ソメイヨシノの開花サイクルが崩れ、九州南部では満開にならない事態になる恐れがある。
桜は心を満たすだけでなく、日本の風物詩として世界中から注目される存在だ。それが失われれば、観光業や地域経済に与えるダメージは計り知れない。また、近年頻発している山火事も相まって地球が臨界点に近づいているのではないかと思わせる


今の状況に向き合うために、まず必要なのは関心を持つことだ。現状を知り、無関心でいることをやめることで、新たな意識が生まれる。「仕方がない」と考え、無駄を許容する態度では何も変わらない。地球温暖化の現実を知ることで、物を大切にする気持ちや、「捨てるのではなく次に受け渡す」という発想が芽生えてくるはずだ


小さな意識の変化からしか、行動の変容は始まらない。行動変容は一歩一歩積み重ねるものだ。この循環を次の世代へと引き継ぐためにも、できることから始めたい

関心を持つ、、、これは誰にでも出来る

well being それではまた!!

誕生日に想うコト!!

54歳を迎えて、、、

さて、54回目の誕生日を迎えるにあたり、これまでの自分とこれからの自分について少し振り返ってみた。

完全なる主観ではあるが、思ったよりも老け込んではいないと思っている。もちろん、髪の毛が薄くなり、白髪も確かに増えてきた、、、しかし初老に入るというより”まだまだ”があると感じている

この「のりしろ」があるという実感は、心の中にある何かを成したいというギラギラとした情熱が支え続けている 一方で、心の中にどこか落ち着きも出てきていると思っている それは、年齢を重ねるにつれて、他人との比較や批評をすることが薄れ、代わりに尊重と共感へと心がシフトしてきたからだと思う
若い人たちに対して「まだまだ負けないぞ」という自負がある一方で、「若いということの素晴らしさ」を純粋に感じ、敬意と畏怖の念を抱くようにもなった この相反する感情が、いまでは心の中で同居し、バランスを保っている。これからも、この自負と畏怖のバランスがイーブンであり続ければ良いと願っている。とはいえ、年齢を重ねるごとに、畏怖ややっかみが徐々に大きくなり、それが脅威となって心に襲い掛かってくるかもしれない

そのため、強制的にでも自負を萎えさせないよう、体を保ち、さらに鍛え続ける努力を怠らないことが重要だ


まだまだやれることはたくさんある。サラリーマンとして、同族会社の一員として、そして雇われ社長として歩んできたこれまでの道のりを卒業し、「さらにやってくれ」という使命を自ら引き受けて独立した 

それが今の自分につながっている。この先も、使命を全うするために一歩ずつ着実に前進し続けるつもりだ

やれることがある 自分しか救えない人たちがいる 自分を待っている多くの人のために今を生きたいと思う

たくさんの誕生日メッセージありがとうございます

引き続きよろしくお願いいたします

well being それではまた!!

瞬間瞬間を燃やせ!!

決断は振り返らないほうがいい

一度決心をして行動を始めても、すぐに望む結果が得られるわけではない 

しかし人間の性(さが)として、そうなるとつい立ち止まり、振り返りたくなるものだ。「これって本当に正しい決断だったのか?」と自問したり、「他にもっと良い選択肢があったのではないか?」と悩んだりすることもあるだろう しかし、結果が出たかどうかだけでその選択が正しかったのか、間違っていたのかを判断するのは早計だ 

成功も失敗も重要なのは、その選択と結果に向き合う自分の姿勢だ。その瞬間瞬間を全力で生き、結果ではなく、そこにどれだけの情熱と努力を注げたか。それが最終的には自分自身を成長させる「糧」になる。
振り返る時間も大切なときはあるが、必要以上に過去を気にし続けるのは時間の浪費だ 視線は常に未来に向けておきたい 

自分が好きで選んだ道ならば、それを信じ、突き進もう 結果が出るまで、そしてそれが日々のルーチンとして自然に体に染みつくまで、一歩一歩積み上げていくしかない。その努力を積み重ねる間も、ただ無計画に動くのではなく、目指す結果をしっかり見据え、そのための準備を怠らないことが重要だ


人生とは、瞬間瞬間が連なって形作られるものだ。その一瞬一瞬が積み重なることで、自分だけの物語が作り上げられる。そのためには、過去に囚われず、未来に怯えず、「今」を全力で生きることが求められる

「今」という瞬間を燃やし、躊躇することなく、持てる力をすべて注ぎ込むことが大事だ。くよくよせず、たとえ壁にぶつかったとしても、自分の選んだ道を信じ、ただ前を向いて歩き続けよう

よし今日も!

well being それではまた!!

言論の無制限の自由はない‼︎

snsの取説はあって然るべき、、、

言論の無制限の自由はない、、、そんな記事を目にして思った 言論の自由は厄介なものでその権利は誰にでもあるのでどんなに耳が痛くても まずは言わさないはない

でも誰かと共に生きている我々は自分だけの思い通りには出来ないし、そう仕向けるのも筋違いになる 相手がいない思わない言動態度には一定の規制が掛かるのは当然で 逆にそうしないとその自由が保てなくなると思う

群馬県ではいの一番でカスハラ条例が制定された 必要以上の権利を高圧的に求めて良いはずがない いつでもどこでも誰でも呟ける時代、、、便利にはなったがそこに安易さが伴うと意図以上の影響が出てしまうことを踏まえておきたい

そもそも発信は誰かに届けようとコミュニケーションをしようとしているはずだ こんな自分を見て欲しい聞いて欲しいの承認欲求が元にある なのに攻撃をしてどうなる

姿を隠していたらあなたとは分からない、、、本当はそんなことは望んでいないはずだ 自分と他人は違う 姿形から始まり全部違う ただ実現したい未来は重なる部分はあるかもしれない それでもそこまでのアプローチは違うかもしれない それは認めましょうよ

今私がこうしている間も 知らない誰かが動いてくれているからやってられるのは流石に分かるはず 誰かを蹴落として成り立つ世界はないのだ

そこの原理原則は踏まえておきたい

well being それではまた‼︎