マスターズのグランドスラムで想ったコト!!

尊重と共感がここにもあった、、、

ゴルフのメジャー大会「マスターズ」でロリー・マキロイが悲願のグランドスラムを達成した その偉業は世界中のゴルフファンを熱狂させ、彼の才能と努力がついに報われた瞬間だった しかし、その栄光の陰で、またしても惜しくも優勝を逃した選手がジャスティン・ローズ,,,彼は3度目の2位という結果に終わったが、試合後のインタビューでこう語った。「自分は素晴らしいゴルフをした。これ以上はない。」まさにプロとしての誇りと潔さがにじむ言葉だった。

このコメントを聞いて思い出されるのは、大相撲春場所で悲願の初優勝に手を掛けながらも、それを逃した高安関の言葉だ。「出し切りました。」競技の種類こそ違えど、世界のトップレベルで戦う者に共通する心構えが見えてくる。勝負とは、ただ相手を打ち負かすことではなく、己を極限まで高めることにほかならない。超ハイレベルな舞台に立つ選手たちは、全力を尽くす中でもさらに自分を絞り出し、限界の先へと挑戦する。結果は時の運。それゆえ、彼らはシンプルに「どうあるか」「どうありたいか」にフォーカスし今に全力で打ち込むのだ

プロスポーツの世界は結果がすべてだと言われる。しかし、その結果を出すまでの過程にこそ真の価値があり、それを理解している選手だけが「やり切った」と言える境地に達する 

自分を動かすこと以外に出来ることはない だからこそ、今この瞬間を懸命に生きる。それでいて、もし相手が上回ったならば、素直にその実力を認めて賛美を送る このような精神があるからこそ、スポーツはただ勝ち負けを競うだけのものではなく、人間の可能性と美しさを浮き彫りにするものとなるのだろう

ローズも、高安関も、惜しくも頂点には届かなかった。しかし、彼らの言葉からは悔しさを超えた達成感がにじむ それは、限界まで自分を追い込んだ者にしか味わえない境地なのだろう スポーツとは、単なる勝負ではなく、人間がどこまで高みへと到達できるかを示すもの その素晴らしさを改めて感じさせてくれるエピソードだった

自分はどんなモノでこういう境地に至れるんだろうか、、、同じ人間だ 自分なりに出来ることはあるはず、、、そんな風に思える自分がいることでまずは良しとして一歩を踏み出したい

well being それではまた!!

相手さまの行動遷移があってこそ実を成すのだ!!

セッションの時間をとれば…

昨日の気づきをさらに掘り下げてみた研修の在り方について考えたとき、これまでの研修がいかに「コーチング」になっておらず、「ティーチング」に偏っていたのかが分かった。

ティーチングとは、あらかじめ答えを提示し、それに従って行動を促すもの、、、一方コーチングは、答えを教えるのではなく、「在り方」や「考え方」を示し、自らの気づきによって行動を促すものだ

どちらも学びの手法ではあるが、その本質は全く異なる。

しかし、講師側がこの違いをしっかり認識し、コーチングの姿勢で研修を進められているかというと必ずしもそうではないと思った これはコンサルティングの場面でも同様だ。コンサルも一定のヒアリングは行うが、最終的に自分のスタイルに相手をはめ込んで進めようとするケースは少なくない その結果、相手が完全にその枠組みに適応できず、どこか違和感を抱えたままになってしまう。

でもそれは仕方ない」「成果が出るか出ないかは相手側の問題」と割り切ってしまうことがある そんな姿勢が積み重なることで、コンサルティング全般に対するネガティブな評価が増えてしまっているのだ

ここで改めて考えたいのは、「コンサルティングも研修も、自分のためにやっているのではなく、相手のために提供しているものだ」ということ。その視点を持つ限り、最も重要なのは「膝を折り、目線を合わせること」。相手に寄り添い、その立場に立つことで、本当に必要な支援が見えてくる。

とはいえ、これは非常に忍耐のいることでもある なぜなら、相談をしてくる人はすでに問題の渦中にあり、混乱している状態だからだ 冷静に状況を整理する余裕などない。だからこそ、第三者の目線として「コンサル」という存在が必要になる。

コンサルタントとしての基本姿勢は「あくまでも相手に合わせること」。ただし、単に迎合するのではなく、尊重と共感をもって関わる相手を選ぶことも大切だ。無理をしても効果が生まれないケースもあるため、適切な距離感と関わり方を見極めることが重要になる。

いい意味でスタンスを崩さず、いい意味で協調しながら進めていくことができれば、「救い出せる人」はもっと増えるはずだ。

この考えを胸に刻み続けたい それこそが私が起業した理由なのだから

well being それではまた!!

学びと現実を掛け合わせることが出来るようにしたいものだ!!

届いてこその意味を成すのだ

先日、研修を受講してくださった方から「今まで受けた研修の中で最も良かった」とのレビューをいただいた もちろん、私の研修が本当にそこまで良いものだったのか、、、と思いつつ、、、ポジティブなフィードバックというものは、やはり心を大きく揺さぶるものなので素直に受け止めたい そんな言葉をいただけたことに感謝している。

そこでふと思った。「なぜ、今回の研修がそう評価されたのか?」研修の形態を振り返ると、今回の研修は少人数だった。そのため、受講者とより深くコミュニケーションをとりながら、セッションを展開することができた。その結果、一人ひとりが自身の課題と、研修のコンテンツをより実践的に理解できたのではないだろうか。

そもそも研修を受講しようとする方は、何かしらの課題を抱えている。しかし、講師側は通常、あらかじめ決められたメニューを提供することが多い。その結果、受講者と講師の間にギャップが生まれてしまう

「話の内容は理解できたけれど、具体的に自分の課題にどう役立つのか?」

「精神論は分かったが、では現実の場面でどう応用すればいいのか?」

そうした疑問に対する答えが届かないことが、多くの研修の課題だったように思う

だからこそ、研修の最後にフリーセッションの時間を設けることが有効だと感じた その場で具体的な実践方法を考え、研修の内容を単なる知識として終わらせず、各自の「在り方」として生かしてもらう それによって、受講者が自分のらしさの選択肢を広げることができるのではないか

研修はあくまで手段でしかない その学びを、現実に活かすことができなければ意味がないのだ 講師側もただ一方的にスピーチをするのではなく、受講者に実践してもらい、そのプロセスを共に築いていくことが求められているはずだ

私が提供する研修は、単なる学問の伝達ではなく、現実と学問を結びつけるためのものだ しかし、講師側が一方的に知識を伝えるだけでは、受講者にとって「学びの実践」が不十分なものになってしまう そのため、研修の方法について改めて考えることが重要なのだと今回の経験を通じて再認識した 

この気づきを得られたことは、今後の研修活動にとって大きな意味を持つだろう。

改めて、今回の研修を通じて得られたフィードバックに感謝したい 今後も毎月 群馬県庁で研修を実施する予定なので、この気づきをしっかり意識しながら取り組んでいこうと思う 

そして今は、オフラインでの研修の可能性についても模索している。ワークを伴う実践型の研修はオンラインでは難しい部分もあるが、新たな選択肢として検討する価値はあるかもしれない。選択肢を増やしながら、自分自身もさらに成長していきたい

well being それではまた!!

起業5年目を静かに迎える!!

起業して5年目に突入した今日。振り返れば丸4年の歳月が流れ、その節目の日を静かに迎えられている 華やかな祝宴を開くわけでもなく、特別な感慨に浸るわけでもないただ、淡々とした心持ちでこの日を迎えられることに、自分が本当に「こうしたい」と思う状況になれていると感じている。

この4年間、すべてが思い描いた通りだったわけではない 時には想像以上の成果を得られたこともあれば、期待ほどの結果が得られなかったこともある そんな中でも確信を持って言えることが二つある

ひとつは、事業の裾野が広がり、確実に基盤が太くなったことだ。起業当初は、未知の業界に足を踏み入れるたびに「果たしてうまくやれるのだろうか」と不安になることが多かった。しかし今では、そのような迷いはほとんどなくなった。むしろ、事業運営の原則はどこでも適用できると確信を深め、より広い視野で取り組めるようになっている

そしてもうひとつは、「人」に恵まれていること。まずは、自分に対して否定的だった人々──全否定をしたヤツ、契約を全く履行しなかったヤツ、入金日の前日に減額を告げたヤツ。彼らの行為により苦しんだこともあったが、今振り返れば、確実に力へと変えてきた

そして、それを凌駕するほど大きな存在がフォロワーの皆さんだ。彼らがいたからこそ、自分の役割を認識できた 自分にしか救えない人々への貢献は、結果として自分自身を救うことにつながっていたのだった

さらに、直接的な関わりがなくても、自分の歩みが誰かの役に立っているのだと実感する瞬間がある。それが、自分の原動力となり、これからの未来に希望を抱かせてくれてきた

気づけば54歳──しかし、まだまだ伸びしろしかない

そう思える今、この先には楽しみしかない。地の底を這い続けた時期もあったが、今はそこから抜け出せたと実感している。もしそうであれば、これからは昇るしかないのだ 谷があるからこそ、山を臨むことができるのだ

自分にしかできないことがある。そして、自分にしか救えない人々へ、お返しができる状況になりつつある 

それならば、やるしかない

これからも、応援よろしくお願いいたします

引き続き、共に歩んでいきましょう

well being それではまた!!

まずは自分を受け入れてほしい!!

人間関係における”自己受容”の大切さ、、、

人は誰しも誰かとの関わりの中で生きている 日々の生活は支え合いによって成り立っていることは、誰もが理解しているところ、、、しかし、悩みやストレスの原因を考えると、その多くは人間関係に起因していることに気づく 

他者と接することで喜びを感じることもあれば、摩擦が生じることもある。人はそれぞれ異なる価値観や考え方を持っており、それが当然のことだ。他者を自分の思い通りに変えようとすることは不可能であり、むしろそれを試みることがストレスの要因になるのだ

生活は互いの協力によって成り立っている。この絶対的な事実は、静かに受け入れよう しかし、事実 他人の言動が気に障ることもある。そうした感情を持つのは自然なことだが、それが頻繁に生じるなら自分が過度に厳しくなっている可能性がある。自分に厳しすぎる人ほど他者に対する寛容性が低くなる傾向があるからだ

まず意識したいのは、自分を否定しないこと。人間である以上、完璧でなく、だらしない部分があるのは当然のこと。それは決して悪いことではない。

一方で、自分の中には「きちんとできている部分」も必ずある。大切なのは、印象に引きずられることなく、冷静に事実ベースで自分を見つめること。そうすることで、自己評価が過度に低くなることなく、肯定的に捉えられる。そして、自分を受け入れることで、他者にも寛容に接することができるようになる。

そのためにも、「Must」から「May」へ意識を転換してみる。「~しなければならない」という思い込みを手放し、「~してもよい」という許容の姿勢を持つことで、自分自身が自由になり、他者にも同じ余裕を持って接することができる。まずは自分を尊重し、自分の強みと向き合うこと。そうすることで、他者を受け入れる余裕が生まれ、人間関係のストレスが軽減される。

現代社会は多くの刺激と変化に満ちており、人間関係においてもストレスを感じやすい状況が増えている。しかし、自分を受け入れ、他者を尊重するという原則を持ち続けられるかどうかで、日々の心の在り方は大きく変わる。その第一歩として、自分自身を肯定し、受容することから始めてみるのがよい

well benig それではまた!!