小さな約束を守れば創り上げられる自分への信頼!!

期待して頂いていることを胸に秘めて、、、

トランプ関税の影響が広がる中で、事業をしっかりと築いていくことが何よりも重要だなタイミングだ 時代の変化に振り回されるのではなく、自分自身で軸を持ち、何を成すべきかを明確にしながら進んでいかなければならない ただし、そのためには表面的な対策に頼るのではなく、根本から自分自身と向き合い、本当に重要なことに集中することが必要だ

とはいえ、自分に向き合うという作業は決して楽ではない。自分の弱さや足りない部分が目につきやすくなり、精神的な負担が大きくなる 気づかないうちにストレスが積み重なり、自分を誤魔化すために忙しさの中に身を投じてしまう だが仕事に没頭することで一時的な満足感を得られるが、それでは何の問題も解決しない 簡単な道を選び続ける限り、本当に求めている目標には到達できないのだ。

進むべき道をしっかり進んでいくにはそれを選択した自分を信じることが大切になる。確固たる自信を持つためには、小さな約束を守ることで創り上げていくしかない どんなに些細なことでも、それを達成することで成功体験が積み重なり、自分自身を形作る要素となっていく。成功というものは、一度の大きな飛躍で得られるものではなく、日々の積み重ねの中にあるものだ。その積み重ねこそが、自分を鍛え、強くしていく

前進することに迷いが生じることもあるかもしれない。しかし、一歩ずつでも進めばいい。踏み出すことを決めたなら、その決断を信じて、自分に課した約束を守り抜く 自分を創るのは、他の誰でもなく、自分自身でしかない 他人の評価や外部の状況に左右されず、自らの努力によって未来を形作る。その姿勢こそが、自信へとつながり、確かな成長を生み出していく。

何かを築こうと思うなら、自分自身と真剣に向き合うしかない。逃げずに、誤魔化さずに、自分の弱さを受け入れながら、それでも前を向いて進んでいく。その積み重ねが、やがて揺るぎない信念となり、目標へと導いてくれるはずだ

よし今日も進みましょうか

well being それではまた!!

循環する地域社会の実現へ、、、住み続けられるまちづくりを可能にする継続力

循環する地域社会の実現へ——住み続けられるまちづくりを可能にする継続力

群馬県東吾妻町では、新聞店の店主が中心となり、街中の古紙を集め、それを資源として売却。その収益を地元のマルシェや祭りの賑わいへ還元する取り組みが続いている。単なるリサイクル活動ではなく、地域経済の活性化と持続可能な街づくりへと発展しているのだ

新聞店には、新聞社から余分な部数が押し付けられる悪習があり、それが残ってしまうことに悩んでいた店主、、、負の遺産をプラスに転じられないかと考え始めたのが約10年前だ 個人的な解決策ではなく、地域全体の仕組みに組み込めれば、大きな変化が生まれるのではないかと着想し、行動を起こしたのだ

新しいことを始めると、必ず予算の問題が立ちはだかる。補助金を活用する手もあるが、それに頼り続けることはできない。本当に持続可能な仕組みを作るには、「誰も無理をせず、自然に動ける仕組み」が必要だ。負担なく継続できる活動こそ、地域の未来を支える力になる。

今では、若手商店主たちが協力し、定期的に役場跡地でマルシェを開催するまでに発展した。しかし、黎明期は孤独だった。新しいことを始めると、必ず批判する者が現れる。「功名心からだろう」「どうせ続かない」など、心ない言葉を浴びせる者もいたはずだ 何もしない者ほど批判する。しかし、店主は信念を貫き、静かに怯まず、弛まず活動を続けた。

10年という歳月をかけた継続的な取り組みが、時代の流れと合致し、サステナブルな社会を求める風潮の中で、この活動が歓迎されるものとして根付いてきた。地域住民の協力が広がり、古紙回収の輪が拡大し、それが街の活力へとつながっている。

地域に根ざした持続可能な街づくりは、一人の情熱から始まり、それが周囲へと広がることで実現する。東吾妻町で生まれたこの動きは、単なる資源循環の枠を超え、人々の暮らしと街の未来を形作るものになっている

一人からでも始まる 始められるを教えられた 皆さんにも、、、そして私にもだ

well being それではまた!!

循環へ ヒトを活かす、、、多様に、、、

オーバー70人財が540万人へ——シニアの活用がカギとなる時代

世界有数のシニア大国のニッポンでは未知なる長寿社会へと突入しようとしている そんあこれからの社会において、「オーバー70」の人々をどう活かすかが、大きな鍵を握ると思っている

彼らは長年の人生経験を積み、酸いも甘いも知り尽くしてきた それなのに年齢を理由に役割を終えたかのように扱うのは、あまりにももったいない。もちろん、体力の問題は避けられないが、若いころのように「俺が俺が」と主張せず、尊重と共感をもってチームを支え、照らす存在になれるのがシニア世代の強みなのだ

年齢で線を引くのではなく、それぞれの希望に応じた選択ができる人事制度が必要だ。働かずに趣味に生きるのもいいし、仕事を通じてフィードバックを得ることで社会とつながるのもいい。その柔軟性こそ、これからの社会の強みになっていく。

若者とシニアの共存にも注目すべきだ。若者は経験が浅く、怖さを知らないからこそ大胆な挑戦ができる 一方で、シニアは協調性を重んじ、円滑な関係を築くことが得意だ この二者が互いの特性を活かしながら共存できれば、新しい価値が生まれ、創造的な社会が広がる

ただ、「頑固」「昔の考えに固執しがち」といったシニアへのイメージは、いまだに根強い 「知らないから」「自分のほうが経験があるから」といった比較や批評が強くなりすぎると、周囲との摩擦を生むこともある。それが「老害」とされ、意図せずともそう見られてしまうこともある。そうならないためには、世代間の相互理解を深めることが重要になる。

人材不足が進み、社会の変化が加速する今、オーバー70の人財をどう活かしていくか、、、この問いに向き合うことが、持続可能な社会を築くための鍵となる

誰しもが”持続可能”を求めている、、、同じ目的目標であることは改めて想っておきたい

well being それではまた!!

自分を寄せていけるコト、、、

値上げのラッシュに想う

5月に入り、物価の値上げが続いている。日々の生活の中で、店頭の商品を手に取るたびに「高いなぁ…」とため息をつくことが増えた。値札を見れば、どれもこれも高くなったように感じるが、それは決して気のせいではない。食料品、日用品、光熱費、交通費…生活に密接に関わるあらゆるものが値上げされており、我々の暮らしにじわじわと影響を及ぼしている。

そんな値上げの波に飲まれる中、「変わらず据え置かれているものはないか?」とふと考え、思いを巡らせてみた。そして、気が付いた。それは、ゴルフの打ちっぱなしの料金だ。

おおよそ「1球10円」という価格設定は、私がゴルフを始めた20歳代の頃から大きく変わっていないように思う。ゴルフ練習場を取り巻く環境が、長い年月を経てもほとんど変化していないのか…?そう考えたが、決してそんなことはない。むしろ、運営にかかるコストは確実に上がっているはずだ。

建設費用のイニシャルコストだけでなく、人件費、設備維持費、さらには電気代やその他のランニングコストも年々高騰している。それに加えて、最近のゴルフ練習場には、打球の距離や球筋を確認できるトップレーサーなどの追加インフラが導入されているところも多い。それを維持するための光熱費やシステム管理費も決して安くはない。

それでもなお、「1球10円」という価格が維持されているのは驚くべきことだ。ここまでの値上げラッシュの中で、変わらぬ価格で提供してくれている練習場の努力には感謝しかない。

そうであるならば、利用者としてできることはただ一つ。価格維持をしてくれているこの機会を活かし、積極的に練習に励むことだ。週に数回通っても、体が十分についてくる今のタイミングこそ、練習に打ち込むべき絶好のチャンスなのかもしれない。「今こそやるべき時だ」とゴルフ練習場が背中を押してくれているような気がする

あとは自分を寄せていくだけ

やっちゃいましょうか~~

well being それではまた!!

循環へ――「コトがある」スキームこそ,,,

飲食業者とバイオガス発電事業者の連携

飲食業者は、機会損失を避けるために食材を多めに仕入れ、料理を提供して店を運営している訳で その結果、必然的に食材の余りや食べ残しが発生する これらの廃棄物には、食品だけでなく割りばしや楊枝、ペーパータオルなども混ざるため、分別が難しく、肥料や飼料として再利用できずに焼却処分されるケースが多かった。

しかし、バイオガス発電を活用すれば、厳密な選別を行わなくても処理が可能になる。むしろ、カロリーを持つ食品廃棄物は地上資源として有効活用できる。バイオガス発電事業者にとっては、廃棄物由来の原料を安く仕入れ、再生可能エネルギーの固定買取制度を活用して高く売電できるメリットがある。一方で、飲食業者も、廃棄物から発電された電力を利用することで循環型の経済構造を確立できるため、双方に利益をもたらす仕組みとなる。

廃棄物の広域収集とバイオガス発電の課題

バイオガス発電は装置産業であり、各地に容易に設置できるものではない。故にこの循環型の仕組みを広げるためには、食品残渣を広域で収集できる認定が進む必要がある。収集・運搬の距離が長くなればコスト面の課題も出てくるため、慎重な計画が求められる。

こうした課題はあるが、規制緩和によってある程度解決できる。廃棄物の循環利用は関係者全員にメリットがある仕組みなのだから、規制の目的を見直し、適切な緩和を進めるべきだ 廃棄物だからと過度な規制を課すのではなく、また廃棄物事業者だからと一律に厳しい制約を設けるのではなく、時代に即した柔軟な対応が必要だ。

規制の本来の目的

規制の目的とは何か。廃棄物の適正な処理を促進し、循環型社会の構築を目指すことが本来の趣旨だったはずだ。規制のあり方を再考し、廃棄物処理が持続可能な形で進むようにすることが求められる。

そして廃棄物業者こそ規制によって守られてきた。参入障壁が高く、許可を持つことで事業の安定性が確保されていた。しかし、これからは業種特定の理屈だけでは立ち行かなくなる。全方位的な合理性を持つ仕組みの提案こそ、廃棄物業者に求められていくだろう

廃棄物業者が先頭に立つべき理由

実際、循環型社会への最適な解決策を知っているのは廃棄物業者だ。彼らが先頭に立ち、積極的に取り組むことで、より効率的な循環の仕組みを構築できる。廃棄物業者がこの変革の中心に立たずして、誰が推進するのか

とはいえ 事業者は今に精一杯で明日までは手が回らないのも現実だ 私のような業務支援型コンサルの存在こそが事業者の背中を押せるのだと思っている

共により良い明日へ進みませんか

well being それではまた!!