傾聴力で選択肢を拡げる!!

成長の証,,,

さてゴルフの続きで,,,1番やっていた6年前と比較しても今が1番パフォーマンスが良いのは何故と考えてみる 

その時もレッスンに通った 今も通っている

年齢は6つも進んだ

ラウンド数は当時の方が圧倒的に多い

こんな風に当時と要素を比較すると今のがネガティブな面が多い ただ決定的に違うことは傾聴力 この差が大きいと思っている その証拠にその当時は何かを教わったという感覚がなく ただレッスンが練習の契機になったということぐらいで,,,教わったのは確かだがこちらに聞く耳がなかったんだと思う

それに対して今はこうしたらああしたらに対して愚直にやろうとしている 

だから教える側もどんどん入ってこれる そうすると掛け算になりどんどん進むというわけだ

良くなりたい上手になりたいという思いは一緒でも 自分なりのやり方を前面に出し小手先の変化にするのか?そこはまず原則を教わりそれを取り入れ思いっ切り前進するを優先するのか どちらが近道かは自明の理だ

結局自分のやり方をいじれない、、、だから大して進めない ここが分岐になることに気がついた

前進するほどまた面白くなって進みの加速は早くなる

そこも理解してコトに当たりたい

しかし第二ブームが来ている 更に進んでみます

well beingそれではまた‼︎

生きてさえいれば動くのだ‼︎

”生きてさえいれば、、、“

全否定で真っ暗だった時に二度とやらないと決めたゴルフ、、、お気に入りのパターを捨ててはっきり出来ないようにしたあの日もあった、、、

54の年になった今 パフォーマンス自体は今が一番高く分厚い球が打てている 面白くて仕方ない状態になっているのは何故か、、、

まず再開するタイミングがありそこに従ったこと 

意外にうまくいった運も手伝った

しかしその後は課題が残るラウンドばかり、、、これが“何でなん”と火をドンドンつけてくれた🔥

そしてコンサルで身につけた傾聴力 良いと言われたクラブをフィッティングして新調し レッスンでもみるみる吸収出来ている 

今までと違う自分が出来上がっている今に状況がフィットしてきてくれている

そう人生は一様ではない キツい時は決めつけてしまう でもいつからでもまたスタート出来る 

54でも子供のように夢中になれる 無邪気になっている自分がいるのだ

だからゆっくりでも良い 

立ち止まっても良い

休んでも良いんだ

人生は続けていれば勝手に動いてくれる また変わってくれる 誰にし

も道は開けているのだ

さて明日は本番だ そろそろ寝ます💤

well being それではまた‼︎

私にでも出来るのでないか!!

自分を限定しないこと、、、”

さて、大谷選手についての話題を続ける 彼はバッターとピッチャーという、まさに両極端な役割を見事にこなす選手だ。さらにホームランというパワーと盗塁というスピードという、これまた異なる二つの要素を同時にこなしている。そんな彼のプレースタイルは、単なるスポーツの枠を超え、多くの示唆を与えてくれる。

一般的には、能力的に両方をこなすことができたとしても、一つのことに集中する方が効率的だと考えられている。「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉が示すように、、、過去のそんな常識に縛られてしまう。しかし、大谷選手はその常識を打ち破り、二つ、いや三つのことを同時に追求したいという自分のココロの声に忠実に従っている。

彼は、今までの常識がどうであったかを考えることなく、自分の道を進んでいる。合理的であるかどうか、前例があるかどうかといったことは、彼にとって重要ではない。彼が大切にしているのは、あくまでも自分のココロに誠実であることだ。

この姿勢こそが、彼を特別な存在にしている。

大谷選手のように、誰もが、、、こんな私でも想像を超えることができるのではないかと思う。他人がここまでやっているから、ここまでしかできないと自分に制限をかけるのではなく、自分自身の可能性を信じて挑戦すること、、、ココロを決めるのは誰しも自分にでも出来るからだ

そう だから私も自分自身の価値で、「自分しか救えない人」を照らしたい。自分の可能性を信じ、今までの常識に縛られずに生きていきたい

well-being それではまた!!

誰しもに与えられている権利とは,,,

“人間はどこまで行けるのだろうか”

大谷翔平選手の驚愕の活躍を見ていると、その問いが心に浮かぶ。シーズン前には、公私を共にしていた通訳から詐欺被害に遭うという困難な状況に遭遇していたにもかかわらず、彼はその精神状態を乗り越え、自分の限界を設けることなく挑戦を続けたのだ。

誰しも人生には、あんなことやこんなことがある それも毎日毎日だ、、、

私たちの多くは、何かしらの理由をつけて自分を制限し、「自分なんて」と思い込んでしまうことがあり いつも自分の枠の中に留まる言い訳を探してしまう。

しかし、彼はその「50:50」を超えてもなお、緩めることなく一日一日を進めている。

一つ言えることは 大谷選手もも私もあなたも”同じ人間”であることには変わりがないのだ

私たちは 誰しも行けるところまで行こうとすることは出来るのだ それは誰しもに与えられている権利だ 少し怖い気もする、、でもそれは自分を縛るための思考ではなく、自分を解き放つための思考なのだ。何も怖がる必要はない。自分の可能性を信じて、そっとその思考の横に座ってみればいい。

私はその一歩を踏み出した。あなたは???

well-beingを大切に!

恩返しの時が来ているんだろう

”22年の積み重ねを想う、、、”

22年前の今日、夫婦としての新たな一歩を踏み出した

それからの年月は、決して平坦ではなく、デコボコした道のりを共に歩んできた 今の自分があるのは、間違いなく彼女のおかげだ。彼女の支えがあったからこそ、数々の困難を乗り越えることができた。

特に、同族の会社を辞めるという「まさか」の決断をしたとき、そして独立するという「まさか」の選択をしたとき、彼女はしっかりと支えてくれた。もちろん、彼女がどちらの決断にも大賛成してくれたわけではないが、元来深刻に考えず、竹を割ったような性格の彼女はしつこく反対し続けはしなかった 

特に最初の「まさか」の時には、心身ともに崩壊しかけていた自分を、彼女はあくまでフラットな視点で支えてくれた 一人だったらどうなっていたか本当にどうなっていたかと今でも思う

ここで、差別や区別をしなかったことは、私たちの関係にとって非常に重要だった。過去に差別的な態度を取った人々に対しては、今でも何とも言えない憎しみを抱いているが、彼女との関係はそのような負の感情とは無縁だ。

最近では、更年期に入った影響もあり、わがままが出てくることが増えてきた 今度は自分が彼女を支える番が回ってきたと理解しています(笑)。

まずは、22年間の感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。これからもどうぞよろしくお願いいたします 少しは恩返ししていきますよ

well-being。それではまた!!