55才の円熟 今だからこそ出来るコト‼︎

自分しか救えない人がいる、、、

起業して5年目の今 ベンチマークとしてちょうど良い存在っていると思っている あまりにも有名な人だと自己投影が難しいが、私のような存在ならばちょうど良い。だからこそ、少し前に出て照らしてあげたい

55歳の円熟の今、これまでの経験と知識を活かして、今だからこそできることがある。若い頃には見えなかった視点や、積み重ねてきた人脈、そして深い洞察力。これらを活かして、新しい挑戦に踏み出す人たちを照らしたい

自分しか救えない人がいる。その人たちのために、前に進む。起業ほやほやだからこそ、私の経験や知識が役立つ。これからの私や関わってくれる方々の未来に向けて、全力で取り組んでいきたい

面白くはなってきている

もっと面白く、、、していこいうか

well being それではまた‼︎

いかがでしょうか?さらに修正や追加したい点があればお知らせください。

見たくない現実ほど、未来につながっている、、、

血液のような資金、、、王道を育てる選択、、、

トランプ関税の影響は深かった、、、
あの一撃で、じわじわと資金繰りが苦しくなっていく。
子どもが一人独立して、少しは楽になるかと思っていた矢先、、、それを覆いつくしているのだから、、、

資金って、ほんと血液みたいなものだと思う。
止まれば終わるし、流れが悪ければ全身が重くなる。
見たくない現実だけど、そこから目を逸らすわけにはいかない。

資金繰りを見つめるのって、ある意味、自分の弱さと向き合う作業でもある。
だから苦しい。でも、そこを避けて通るわけにはいかない。
現実を直視することは、痛みを伴うけど、同時に前に進むための第一歩でもある。

そんな中で、唯一自分の手で動かせるものがある。
それが「事業の成長」という王道。
外部環境は変えられない。でも、自分の行動と選択は変えられる。

だからこそ、今はそこに集中したい。
資金の流れを整えながら、事業を育てていく。
それが、今の自分にできる最も現実的で、最も希望のある選択だと思ってる

自分を見つめる好機とも言えるのだ

チャンスとしてみたい

well being それではまた!!


勝つだけでは足りない──大の里が挑む“横綱の品格”

「勝つ」から「背負う」へ──大の里が踏み出す、横綱という孤独な道、、、

大の里が連続優勝を果たし、横綱昇進が確実となった。だが、これはゴールではない。むしろ、ここからが始まりだ。

横綱とは、ただの強ければいいというものではない 土俵の上で「相撲道」を体現する存在、、、勝ち方、所作、振る舞い、すべてが見られる。勝って当たり前、負ければ非難。そんな理不尽な重圧を、誰にも頼らず一人で背負う。それが横綱だ

この「横綱」という地位は、江戸時代中期に誕生した。初代横綱・明石志賀之助に始まり、白鵬や双葉山、千代の富士といった名横綱たちが、時代ごとの「強さ」と「品格」を体現してきた。横綱は単なる番付の最上位ではない。国技・大相撲の象徴であり、時代の空気を映す鏡でもある。

昭和の双葉山は無敗の連勝記録で「神」と呼ばれ、平成の貴乃花は「角界のプリンス」として国民的人気を博した。白鵬は勝ち星で歴代最多を誇りながらも、時にその勝ち方が「横綱らしくない」と批判された。つまり、横綱には「勝ち方」以上のものが求められる。

大の里はこれまで、圧倒的な力で相手をねじ伏せてきた。だが、横綱には「受ける」強さが求められる。相手の呼吸に合わせて立ち合い、正面から受け止め、真正面から勝つ。技を交わすのではなく、受けて、耐えて、最後に勝つ。それが「横綱相撲」。

そしてもう一つ。横綱は「象徴」でもある。国技の顔として、時代の価値観や美意識を背負う。令和の時代、SNSで誰もが声を上げる中、横綱は沈黙の中で語らねばならない。言葉ではなく、相撲で語る。それが横綱の宿命。

大の里は「唯一無二になる」と言った。その言葉が本物かどうかは、これからの土俵で証明される。勝ち星ではなく、相撲の質で、時代を超える存在になれるか。

横綱とは、孤独な道だ。だが、その孤独の中にしか見えない景色がある

大の里がその景色を見に行く覚悟があるなら、我々はただ、静かに見守るだけだ。

いずれにしろニューヒーローの到来だ 

楽しみがまた増えたね

well being それではまた!!


ゴルフが教えてくれた、変化の痛みと価値、、、‼

一度壊れて、そこから強くなる

半年ゴルフを習ってきて、今が一番飛ぶし、一番うまくなってる実感がある。特にアプローチ。長年、どうしても苦手意識が抜けなかった。打ち込むのが怖くて、手前で緩んだり、逆に突っ込みすぎたり。だけど最近、ようやく「バンスを使う」という感覚が腑に落ちてきた。クラブの構造を理解し、地面に対してどう当てるかを考え、実際に打ってみて、失敗して、また打って。そうやって少しずつ、体が覚えてきた。

今はもう、打ち込むことに迷いがない。むしろ「打ち込んでいい」と思えるようになった。その変化が、飛距離にも精度にも表れている。自信があるから、スイングに迷いがない。迷いがないから、結果が安定する。技術とメンタルが噛み合って、ようやく「楽しい」と思えるようになってきた。

でも、ここに来るまでには一度、自分のスイングを壊す必要があった。今までのやり方では通用しないと気づいたとき、正直しんどかった。打てなくなるし、何が正解かもわからなくなる。自分の感覚が信じられなくなる。けれど、その「壊れる」時間を通らないと、本当の意味での成長はない。

これは、ビジネスでもまったく同じだと思う。
新しいやり方を取り入れるとき、最初は必ず違和感がある。今までの成功体験が邪魔をするし、変化には痛みが伴う。だけど、そこを避けて通ろうとすると、結局は限界が来る。自分のやり方を一度疑い、壊し、再構築する。そのプロセスを経た人間だけが、次のステージに行ける。

「壊れること」は怖い。でも、それは「壊れる」のではなく「脱皮」なんだと思う。古い自分を脱ぎ捨てて、新しい自分に生まれ変わるためのプロセス。ゴルフを通じて、それを体感している。

今、ゴルフが楽しいのは、ただ打てるようになったからじゃない。壊れて、組み直して、前より強くなった実感があるからだ。

そしてその実感は、仕事にも人生にも、確実に繋がっている

well being それではまた!!


学び続けることを恐れない人にこそ、未来は開かれている、、、‼

「AIは誰のものか?」という問いに、ひとつの答えをもらった夜

昨日、中小企業家同友会の例会に参加してきた。テーマはAI。登壇したのは、同業種であるコンサルタントさんだった 技術的な話かと思いきや”新たなコトへの在り方”であった そう印象に残ったのは彼の“在り方”だった。

「AIは特定の業種のためのものじゃない。すべての業種、すべての人が使える道具だ」
そう語る彼の言葉には、説得力があった。製造業でも、飲食でも、教育でも、福祉でも。AIは“使えるかどうか”じゃなくて、“どう使うか”を考える段階に来ている。

でも、それ以上に響いたのは、彼自身が日々AIを学び、試し、失敗しながらも前に進んでいるということ。大変な勉強家でありながら、「まだまだ知らないことばかり」と笑いながら話すその姿に、ものすごく感銘を受けた。

新しい分野に対して、年齢や立場を言い訳にせず、むしろ楽しみながら飛び込んでいく、、、その柔軟さと好奇心こそが、これからの時代を生き抜く力なんだと思う。

「これは自分には関係ない」「うちの業界には無理だ」
そんな前提を疑うこと、、、そして

人が”いいね”としているものは何かしらの意味がある

そんなことからすべてが始まる

AIは、誰か特別な人のものじゃない。
そして、学び続けることを恐れない人にこそ、未来は開かれている、、、

well being それではまた!!