ゴルフが教えてくれた、変化の痛みと価値、、、‼

一度壊れて、そこから強くなる

半年ゴルフを習ってきて、今が一番飛ぶし、一番うまくなってる実感がある。特にアプローチ。長年、どうしても苦手意識が抜けなかった。打ち込むのが怖くて、手前で緩んだり、逆に突っ込みすぎたり。だけど最近、ようやく「バンスを使う」という感覚が腑に落ちてきた。クラブの構造を理解し、地面に対してどう当てるかを考え、実際に打ってみて、失敗して、また打って。そうやって少しずつ、体が覚えてきた。

今はもう、打ち込むことに迷いがない。むしろ「打ち込んでいい」と思えるようになった。その変化が、飛距離にも精度にも表れている。自信があるから、スイングに迷いがない。迷いがないから、結果が安定する。技術とメンタルが噛み合って、ようやく「楽しい」と思えるようになってきた。

でも、ここに来るまでには一度、自分のスイングを壊す必要があった。今までのやり方では通用しないと気づいたとき、正直しんどかった。打てなくなるし、何が正解かもわからなくなる。自分の感覚が信じられなくなる。けれど、その「壊れる」時間を通らないと、本当の意味での成長はない。

これは、ビジネスでもまったく同じだと思う。
新しいやり方を取り入れるとき、最初は必ず違和感がある。今までの成功体験が邪魔をするし、変化には痛みが伴う。だけど、そこを避けて通ろうとすると、結局は限界が来る。自分のやり方を一度疑い、壊し、再構築する。そのプロセスを経た人間だけが、次のステージに行ける。

「壊れること」は怖い。でも、それは「壊れる」のではなく「脱皮」なんだと思う。古い自分を脱ぎ捨てて、新しい自分に生まれ変わるためのプロセス。ゴルフを通じて、それを体感している。

今、ゴルフが楽しいのは、ただ打てるようになったからじゃない。壊れて、組み直して、前より強くなった実感があるからだ。

そしてその実感は、仕事にも人生にも、確実に繋がっている

well being それではまた!!


学び続けることを恐れない人にこそ、未来は開かれている、、、‼

「AIは誰のものか?」という問いに、ひとつの答えをもらった夜

昨日、中小企業家同友会の例会に参加してきた。テーマはAI。登壇したのは、同業種であるコンサルタントさんだった 技術的な話かと思いきや”新たなコトへの在り方”であった そう印象に残ったのは彼の“在り方”だった。

「AIは特定の業種のためのものじゃない。すべての業種、すべての人が使える道具だ」
そう語る彼の言葉には、説得力があった。製造業でも、飲食でも、教育でも、福祉でも。AIは“使えるかどうか”じゃなくて、“どう使うか”を考える段階に来ている。

でも、それ以上に響いたのは、彼自身が日々AIを学び、試し、失敗しながらも前に進んでいるということ。大変な勉強家でありながら、「まだまだ知らないことばかり」と笑いながら話すその姿に、ものすごく感銘を受けた。

新しい分野に対して、年齢や立場を言い訳にせず、むしろ楽しみながら飛び込んでいく、、、その柔軟さと好奇心こそが、これからの時代を生き抜く力なんだと思う。

「これは自分には関係ない」「うちの業界には無理だ」
そんな前提を疑うこと、、、そして

人が”いいね”としているものは何かしらの意味がある

そんなことからすべてが始まる

AIは、誰か特別な人のものじゃない。
そして、学び続けることを恐れない人にこそ、未来は開かれている、、、

well being それではまた!!

”ヒトではなくシステム不全に尽きる、、、それだけ”であるのだから大いに前に進めばいい!!

問題は人ではなく、システムにあるにしか過ぎないのだ

――「システム不全」という視点から考える

仕事の速さは、能力の差ではない。そこには、思考と行動の構造的な違いがある。仕事が速い人間は、目の前の状況に対して即応的かつ柔軟に対応する。タスクを見極め、最適な処理手順を選び、早い段階で迷いなく着手する。これは習慣であり、思考の設計であり、ある種の「構え」だ。

対照的に、仕事が遅れる人間は、タスクを一瞥しただけで処理を後回しにする傾向がある。目の前の情報を「今」扱うことを避け、すべてを未来の自分に委ねる。だが、記憶は風化し、状況は変化する。後になって再びタスクに向き合うとき、すでに情報は断片化し、文脈は失われている。再構築にかかる時間と労力は、初動の数倍に膨れ上がる。

たとえばメール対応。即答できる内容であっても、「後で、、、」と考え、何も返さずに放置する。結果として、未返信のメールが積み上がり、やがては自分自身を圧迫する。ほんの一言、「後ほど改めて返信します」と返すだけで、相手との信頼関係は維持され、タスクの負荷も軽減されるはずだった。

このような後回しの連鎖は、個人の問題に見えるかもしれない。しかし、実際には「やり方を知らない」「判断の基準がない」「処理の優先順位が設計されていない」といったことだけが原因であり、、、つまり、これは「人の問題」ではなく、「システムの不全」なのだ。

さらに深刻なのは、こうした傾向が組織の上層に存在する場合だ。上司が後回し型であれば、部下は常に不確実性の中で動かされることになる。指示は曖昧で、進捗は停滞し、同じ確認が何度も繰り返される。これは組織の生産性を著しく損ない、信頼と成果の両方を蝕む。

重要なのは、こうした状況を「個人の怠慢」や「性格の問題」として片付けないことだ。問題の本質は、適切な判断基準と処理手順が共有されていないことにある。つまり、改善すべきは「人」ではなく「仕組み」だ。

人は、仕組みによって変わる。正しい方法を知り、実行可能な構造を持てば、誰でも効率的に動けるようになる。だからこそ、まずは現状の非効率を「人のせい」にせず、冷静に構造の欠陥として捉える必要がある。

問題を人に帰属させる限り、改善は起こらない。だが、問題をシステムとして捉え直すことができれば、そこには必ず再設計の余地がある。変えるべきは人ではない。構造である

well being それではまた!!


“評価はいつも相対的であり移ろうものであること”を証明できた!!

ポータブルスキルが幅広く“自分しか救えない人”を救うのだろう、、、

「全否定」されたあの日のことは、今でも身体のどこかに残っている。言葉ではなく、空気や沈黙、視線の温度で伝わってくる否定。あれから5年。時間がすべてを癒したわけじゃないけれど、あの痛みがなければ、今の自分の輪郭はここまで明確にはならなかったと思う。

あの頃は、組織に属することがすべてだった。そこに深く入り込み、期待に応え、成果を出すことでしか、自分の価値を証明できないと思っていた。けれど、今は違う。どこにも属さず、複数の業界やプロジェクトを横断しながら、自分のリソースを少しずつ配分していく。そんな働き方が、今の自分にはしっくりきている。

一つの組織にいれば、ある程度の前提が共有されている。空気を読む必要も、言葉を選ぶ必要も、ある意味では少ない。でも、今の自分のように、日替わりで異なる現場に立ち続ける働き方では、毎回ゼロから関係を築き、信頼を積み上げていかなければならない。そこには、スキルや知識以上に、「どう在るか」が問われる。

だからこそ、「興味を持つことに興味を持つ」という姿勢が、何よりも大切になってくる。相手を知ろうとすること。背景を想像すること。感情や批評から入るのではなく、まずは尊重と共感から始めること。それができるようになったのは、きっとあの「全否定」の経験があったからだ。

今の自分は、ようやくその痛みを、誰かのために使える段階に来たのかもしれない。自分の経験をフィードバックとして差し出し、そこから返ってくる反応を、自分の糧として受け取る。そんな循環が、少しずつ生まれてきている。

ポータブルスキルとは、単に「どこでも通用するスキル」ではないと思っている。それが、幅広く「自分にしか救えない誰か」を救うための力になっている。誰かの絶望に、そっと寄り添える力。かつての自分のように、立ちすくんでいる誰かに、言葉ではなく、在り方で示せる力。

この働き方が正解かどうかなんて、正直わからない。でも、少なくとも今の自分は、ここに意味を感じている。そしてその意味が、誰かの希望に変わる瞬間があるなら、それだけで十分だと思っている

面白くなってきている、、、期待されていることは分かってきた

”評価は相対的である”ことを証明できたのはまずは良かった 自分を褒めたいと思う

well being それではまた!!


新しい事業項目がもたらす”在り方”への影響とは!!

研修講師という新しい挑戦がもたらす自己成長と相乗効果,,,

研修講師という新たな活動は、単なるスキルの習得や知識の拡大にとどまらず、自己表現の重要な手段となっていると思っている 毎月第三水曜日に研修を開催することを決めたことで、その準備に向けたインプットの必要性がより強く意識されるようになったからだ 研修の質を高めるためには、単なる知識の蓄積だけでなく、それを実践に落とし込み、体感しながら学ぶ姿勢が求められる、、、だから 常に日常の中で学びの意識を持ち、体全体でその瞬間瞬間を捉える習慣が生まれてきているのだ

この変化は、研修講師としての枠を超え、私自身の生き方や考え方にも大きな影響を与えている 単に過ごすのではなく、日々の生活の中で「何でも吸収しよう」とする姿勢が強まり、そもそもの「在り方」にまで変化を及ぼしている。こうした意識の変化により、自分自身の価値が向上し、それが仕事の成果や売上にもポジティブな影響をもたらすようになってきた。

まるで成長のサイクルが生まれ、好循環が加速しているように感じる。

今はまさに、一段階上のステージへと進める時なのかもしれない。研修講師という役割を通じて得た学びをさらに深め、より広い視野を持って挑戦を続けることで、次なる成長の扉が開くのではないだろうか

楽しみになってきた

自分に期待したい

well being それではまた!!