毎朝のポストに、読むという約束が届く、、、!!

続いていくものの力──新聞が教えてくれる、読むという営み

朝、ポストを開けると、新聞が届いている。
それはもう何年も変わらない風景だ。
雨の日も、風の日も、土日も関係なく、新聞はそこにある。
この「変わらずに届く」という事実に、静かな価値を感じている。

新聞は情報を届けるだけのものではない。
むしろ、情報の洪水のような時代にあって、紙の新聞は“読む”という行為を守ってくれている。
スマホの通知に追われる日々の中で、新聞を広げる時間は、思考が深く沈んでいく貴重なひとときだ。

読めない日もある。
数日分が積み重なっていくこともある。
けれど、そこに“読まれるべきもの”があるという存在感が、読むという習慣をつなぎとめてくれる。
新聞がある限り、「また読もう」と思える。
それは、読書習慣の帯のようなものだ。
切れそうで切れない、細くて強い糸。

本を読む時間が取れない日でも、新聞の1面だけでも目を通す。
それだけで、世界との接点がひとつ増える。
自分の思考が、少しだけ広がる。
それが積み重なると、知らず知らずのうちに「読む人」でいられる。

新聞は、毎日届く。
その静かな継続が、日々の自分を少しずつ支えてくれている。
読むという営みを、絶やさずにいられるように

well being それではまた!!

週二の静けさ、週三の揺らぎ、、、、!!

お酒は楽しい,,,でも 使える時間はもっと欲しい。

お酒を飲む回数は、ここ最近ずっと週に2〜3回。
増えてはいない。むしろ、うまくコントロールできている方だと思う。

会食やちょっとした晩酌は、やっぱり楽しい。
人との距離が縮まるし、気持ちもほぐれる。
飲んでいる最中は、たいていポジティブな感情に包まれている。

でも、そのあとに来る“揺り戻し”もある。
翌朝、少しだけ重たい頭。
集中力が戻るまでに時間がかかる。
「昨日は楽しかったな」と思いながらも、どこかで「今日はゆっくりでいいや」と戦う姿勢が低下してしまっている、、、

週3回飲んでいると、週の半分近くが“やや低速モード”になる。
それが習慣になると、気づかないうちに使える時間が削られていく。

週2回に抑えられた週は、明らかに違う。
朝の立ち上がりが早く、頭がクリア。
やりたいことにすぐ取りかかれるし、夜もだらだらせずに済む。
1日が長く感じられる。

お酒は悪者じゃない。
ただ、飲む日を少し減らすだけで、手に入る時間と集中力は思った以上に大きい。
そのバランスを、これからも探っていきたい

なかなか変えられない習慣、、、でも本当に必要なことは何かをもう一度考えてみたい

well being それではまた!!

誰にでもできることじゃない だから、やるのだ,,,やりたいのだ!!

自分しか救えない人がいる、、、

誰にでもできることじゃない。
誰がやっても同じ結果になるなら、それはもう自分じゃなくていい。
でも、そうじゃない瞬間がある。
その人の過去も、葛藤も、痛みも、全部を受け止めた上で、言葉を届けられるのは、自分しかいない。
そんな場面が、人生には確かにある。

コンサルという仕事は、ただのアドバイス屋じゃない。
表面的な課題をなぞるだけじゃ、何も変わらない。
本質に触れるには、相手の奥にある「言葉にならないもの」に触れなきゃいけない。
そのためには、自分自身がどれだけ深く潜れるかが問われる。

だからこそ、ここぞという時に頼られる人間でありたい。
「この人にしか話せない」「この人ならわかってくれる」
そう思ってもらえるような存在でいたい。
そのために、日々、自分を磨いている。
知識も、経験も、感性も、全部武器にして。

同族を離れたのは、守られるためじゃない。
自分の足で立ち、自分の責任で選び、自分の言葉で勝負するためだ。
しがらみの外に出たからこそ、見える景色がある。
自由と孤独の中で、自分の輪郭がはっきりしてくる。
その輪郭を、誰かのために使いたい。

自分しか救えない人がいる。
その人の人生の、たった一度の「ここぞ」の瞬間に、自分が立ち会えるかどうか。
その覚悟を持って、今日もこの仕事をしている。

学び続けることを恐れない人にこそ、未来は開かれている、、、‼

「AIは誰のものか?」という問いに、ひとつの答えをもらった夜

昨日、中小企業家同友会の例会に参加してきた。テーマはAI。登壇したのは、同業種であるコンサルタントさんだった 技術的な話かと思いきや”新たなコトへの在り方”であった そう印象に残ったのは彼の“在り方”だった。

「AIは特定の業種のためのものじゃない。すべての業種、すべての人が使える道具だ」
そう語る彼の言葉には、説得力があった。製造業でも、飲食でも、教育でも、福祉でも。AIは“使えるかどうか”じゃなくて、“どう使うか”を考える段階に来ている。

でも、それ以上に響いたのは、彼自身が日々AIを学び、試し、失敗しながらも前に進んでいるということ。大変な勉強家でありながら、「まだまだ知らないことばかり」と笑いながら話すその姿に、ものすごく感銘を受けた。

新しい分野に対して、年齢や立場を言い訳にせず、むしろ楽しみながら飛び込んでいく、、、その柔軟さと好奇心こそが、これからの時代を生き抜く力なんだと思う。

「これは自分には関係ない」「うちの業界には無理だ」
そんな前提を疑うこと、、、そして

人が”いいね”としているものは何かしらの意味がある

そんなことからすべてが始まる

AIは、誰か特別な人のものじゃない。
そして、学び続けることを恐れない人にこそ、未来は開かれている、、、

well being それではまた!!

循環へ 無料であることで失っている想像力がある!!

水銀含有廃棄物混入によるごみ処理施設稼働停止について考える

https://news.yahoo.co.jp/articles/9ed88ec7affbfdd7ced449b6d8f62659a27daf40

最近、水銀を含む廃棄物が混入したことで、ごみ処理施設の水銀許容量を超え、除去作業が完了するまで稼働停止となるというニュースが報じられた。この問題は決して他人事ではなく、私たちの生活に直結する重要な課題である。

報道によると、混入した水銀の量は、最低でも水銀血圧計1個、または水銀体温計50本分に相当するという。数字だけを見ると、それほど多くないように感じるかもしれない。しかし、水銀は極めて有害な物質であり、基準値を超えると深刻な影響を及ぼす。もしこの水銀がそのまま焼却されてしまえば、蒸気となって大気中に拡散し、「水銀蒸気の吸入は、消化器官系、免疫系、肺及び腎臓に害をおよぼす」と言った健康被害を引き起こす可能性があるのだ

このような事態が発生する背景には、廃棄物の適正処分に対する意識の欠如がある。ゴミは「捨てれば終わり」ではなく、その後もさまざまな工程を経て処理される。適切な方法で処分されなければ、環境や健康に悪影響を及ぼすことになる。特に水銀のような有害物質を含む廃棄物は、慎重に扱う必要がある

何度も触れていることだが、ゴミの処分が無料であることが、安易な廃棄を助長している。もし有料化されれば、廃棄物の分別や適正処理に対する意識が高まり、不適切な廃棄が減る可能性がある。しかし、無料か有料かという問題以上に重要なのは、そもそも廃棄物を適切に分別し、責任を持って処分するという意識を持つことだ。

ゴミを捨てるのは一瞬の行為だが、それを見つけて適切に処理するには多くの時間と労力がかかる。私たちが日々の生活の中で生み出すものの一つがゴミであり、それをどう扱うかは私たち自身の責任である。この責任をしっかりと認識し、適正な処分を心がけることで、今回のような問題の発生を減らすことができるのではないだろうか

その啓蒙こそリサイクラーの使命になると思う

well being それではまた!!