社内の限界を超えるために、コンサルは存在するのだろう~~

コンサルの本質は、、、やってくれないからできないでは終わらせない

コンサルタントはプレイヤーではない。だからこそ、社内の人間が動いてくれて初めて、プロジェクトは前に進む。フィードバックがあってこそ、改善の余地が見えるその会社さん用に進むのだ

だが、「動いてくれなかったからできなかった」という言葉には、どこかで責任の所在を外に置こうとする甘さがある。確かに、理屈としては通る。だが、それで終わってしまえば、その会社はtだそこで止まるしかない。

そもそも、社内のピースだけでは完結しないからこそ、こちらに依頼が来ているのだ。社内の人間が怠けているわけではない。むしろ、荷が重すぎるのだ。だからこそ、自分が呼ばれている。

「やってくれないからできない」と言ってしまえば、それで終わる。誰かのせいなのか、、、いや誰も悪くないのにだ

だったら、自分がそのミッションに踏み込んだほうが早い。そう思う。自分が動ける範囲を広げることは自分にとっても価値がある。

踏み込むことにリスクもあるのかもしれない、、、だが、踏み込まなければ、何も変わらない。

ありがたいことに、今は自分のペースでやらせてもらっている。だからこそ、自分を自分で焚きつけなければならない。誰かのせいにしても、最後に残るのは「できなかった」という事実だけ、、、

”自分しか救えない”そう思っているなら、もっと踏み込まなければならない。誰かが動くのを待つのではなく、自分が動く。そこにしか、突破口はない。

well being,それではまた!!


選べる人生をつくる──成熟と行動の交差点で~~

今こそ「やるトキ」──54歳、火を灯す理由

人生で最も力を尽くした瞬間を思い返すと、大学受験が浮かぶ。明治大学に入りたいという願望は、ただの希望ではなかった、、、あれは執念だった。何が何でも手に入れたいという強烈な欲求が、日々の行動を支配していた。眠気も不安も、すべてその一点に収束していた。

そして、手にした、、、目標は達成された。あの瞬間の達成感は、今でも胸の奥に残っている。あれほどまでに明確なアウトカムを持ち、全身全霊で向き合った経験は、他にない。

だが今はどうだろう。簿記の勉強も、研修講師への進出も、事業にとってプラスになることは理解している。だが、「やらなければ絶対にならない」とまで思えていないのか、、、だから手が止まる。動けない。心の奥に火が灯っていない感じがするのだ

この停滞の正体は何か。願望が弱いのか、、、今じゃなくても、、、と思い込んでいるのか。おそらくその両方だ。だが、現実は違う。54歳という年齢は、残された時間が無限ではないことを突きつけてくる。人生の後半戦に差し掛かっているのだ、、、もう「いつかやる」では遅い。

だが同時に、54歳という年齢は、これまで積み重ねてきた経験と知識が熟成され、ようやく自在に使えるようになった時期でもある。若さの勢いではなく、円熟の判断力と実行力がある。人との関係性も、仕事の土台も、過去の試行錯誤も、すべてが今の自分を支える資源になっている。

そして何より、今の自分には「知識の背景」が見える。ただ覚えるだけではない。なぜそれが必要なのか、どこでどう活かせるのか、どんな意味を持つのか。若い頃には見えなかった構造や文脈が、今は見える。知識が点ではなく、線や面としてつながっていく感覚がある。これは、年齢を重ねた今だからこそ得られる学びの深さだ。

さらに、できることが増えるというのは、単なるスキルの追加ではない。人生の選択肢そのものが広がるということだ。コンサルタントとして、メンターとして、提供できるメニューが増える。自分の可能性が広がるだけでなく、関わる人たちにも新たな価値を届けられる。自分の学びが、他者の成長や気づきにつながる。これは、年齢を重ねた今だからこそ実感できる喜びでもある。

つまり”やるにはちょうどいい”のだ 

むしろ、今だからこそやりやすい。今だからこそ、”やるべき”なのだ。

簿記も、講師としてのスキルも、事業に組み込むべきだ。だがそれ以上に、自分自身の内側にある「本気」を呼び起こすことが先だ。やるべきことは、目の前にある。あとは、やるか、やらないか。

54歳。今こそ、人生をもう一度燃やす時だ。

well being それではまた!!


縁は続いていた──年齢を重ねてわかる人のありがたさ~~

再会の価値は、年齢を重ねた今だからこそわかる

近所のスーパーで、声をかけられた。
小学校低学年の頃によく遊び、高校でも同級生だった友人、、、
同族会社にいた頃、取引先を通じて再びつながったこともあったが、
自分が離職してからは疎遠になっていた。

でも、きっと「時が来た」のだ
この年齢だからこそ、自然に受け入れられる関係性がある。
どっちがカッコいいとか、学歴がどうとか、収入がどうとか――
そんな比較は、もうどうでもいいのだから
今はただ、こんな縁があったかく大切に思える。

新しい友人をつくるには、正直なところ、少し労力がいる年頃だ
だからこそ、こうして声をかけてくれて、
LINEグループに招いてくれて、
ゴルフや飲みに行く約束までしてくれる――
その気持ちが、心からありがたかった。

これは、昔からの関係性を大事にしてくれる人がいてこそ成り立つもの。
年齢を重ねた今だからこそ沁みる、再会の温かさだった

また楽しくなってきたってことだ

よしゴルフの練習に行ってきます—

well being それではまた!!

見えない海のSOS──漁網リサイクルが変える未来

闇に差す光──使用済み漁網のリサイクル

海に広がる青の世界。その美しさの裏で、私たちが見落としがちな「闇」、、、それが、使用済み漁網の不法投棄とリサイクルの難しさだ。

漁網リサイクルの難題

漁網は、海洋プラスチックごみの中でも特に厄介な存在です。なぜなら、

  • 細く鋭いステンレス製の針が網に残っていることが多く、回収・処理が非常に困難・危険である。
  • 網自体が破砕しにくい素材でできており、通常のリサイクル工程では対応が難しい。
  • また海水での劣化や藻や微生物に付着物があり、原料リサイクルが難しい      それゆえ、海上での不法投棄も誘発し、魚やウミガメ、海鳥などが絡まり命を落とすなど環境影響がでてしまっている

このような背景から、漁網は「リサイクル困難物」として長年の課題となっていた

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000149306.html

海の未来を守るために~こんな機会を通じて

こんなイベントを通じて実際のリアルを体験して貰うことで理解を進めるのは一番いいだろう それが海洋環境保全への強い意志と希望へ繋がっていく こんな取り組みが拡散していけば

  • 廃棄されるはずだった漁網が、新たな資源として生まれ変わる。
  • 海の生き物たちが、命の危険から守られる。
  • 漁業者も、安心して漁網を処分できる仕組みが整う。

まさに、闇に差す一筋の光。このような取り組みが広がれば、私たちの海はもっと豊かで美しいものになるはずだ

well being それではまた!!


”燃やすしかなかった”ものが”資源に還る”ということ,,,

多層の壁を越えて──プラスチック再生の転換点

チューブのような多層構造のプラスチック。
その複雑な層の重なりは、長らくリサイクルの限界を象徴してきた。
異なる素材が密着し、しかも使用後には内容物の残渣が残る。
分別も選別もままならず、行き着く先は焼却炉。
「サーマルリサイクル」という言葉が、どこかの正当化を引き受けていた

https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2506/11/news023.html

だが今、その前提が静かに揺らぎ進み始めている

単一素材でなければ原料に戻せない。
仕分けができなければ資源にはなり得ない。
そうした“常識”の外側に、技術が踏み出しつつある。

多層構造でも、残渣があっても、原料化の可能性が見えてきた。
それは、単なる技術革新ではない。
「戻せない」とされてきたものに、もう一度、循環の可能性を与えるということ。
それは、資源の話であると同時に、人間の選択の話でもある。

現実は、理想のように整ってはいない。
素材は混ざり、汚れ、分けられない。
それでも、そこから資源を取り戻す。
この変化は、循環型社会の実現に向けた、静かで確かな転換点だ。

燃やすしかなかったものが、資源に還る。
その一歩が、いま確かに始まっている

これからもそんな取り組みに注目発信をしていきたい

well being それではまた!!