「命の有限と、友との無限」限られた時間の中で、広がる人とのつながりを表現。

仲間との時間の意義,,,

    この歳になると、一日ゴルフをしただけでカラダが悲鳴を上げる。ましてや、前夜の酒が残ったままのラウンドともなれば、もはや修行に近い、、、

    カラダはそうだがココロは成長していると思っている

    仲間と接するときに 若い頃のように、誰かと自分を比べて優劣を測ることはもうない。出世した者もいれば、黙々と勤め上げている者もいる。私のように独立して事業を営む者もいる。それぞれに歩んできた道があり、積み重ねてきた時間がある。

    そこに優劣はない。重いも軽いもない。ただ、それぞれの人生が、静かに、深く、沁みているだけだ

    悲しみもあっただろう。喜びもあったはずだ。それを語るでもなく、誇るでもなく、ただ一緒に時間を過ごす。そんな中に、互いへの尊重と共感が宿る。言葉にしなくても、伝わるものがある。そういう関係が、今の自分にはとても心地よい。

    人生を折り返し、残された時間が「有限」であることを意識するようになった。だからこそ、友と過ごすひとときが、かけがえのないものに思える。一回一回を、丁寧に噛みしめたい。肩肘張らず、しかし無為にもしない。そんなふうに、これからの時間を過ごしていきたい。

    well beingそれではまた!!

    「個人だから」と軽んじられても、仕組みで守る信用と未来

    ギリギリも仕組化している

    月末を越えて数日。資金繰りが最も厳しくなるのは、いつもこの時期だ。日繰り表を睨みながら、次の入金、次の支払いをどう乗り切るかを考える。もはやこのギリギリも、習慣のようになってきた。

    だが、これは単なる「ギリギリ」わけではない。自分で仕組んだことだ。

    次なる仕掛けを打つために、資金をストックしている。動くために、あえて余白を残しておく。その分、目の前の資金繰りは厳しくなるが、それも含めての設計だ。だから、苦ではない。むしろ、そうして動けること自体がありがたい。

    ただし、それは「決まった期日に確実に入金がある」ことが前提だ。我々個人事業主は、法的にも社会的にも弱い立場にある。だが、契約先がその当たり前を守ってくださるからこそ、こうして仕組みが回る。そこは本当に感謝している。

    「これもしっかり仕組んでいて」と言うと語弊があるかもしれないが、事前の委託契約をきちんと交わすこと、、、それを前提にしか動かないと決めている。契約がなければ、どんなに魅力的な話でも動かない。これは、信念でもあり、自己防衛でもある。

    そう契約をしてからしか動かないという姿勢は、一定の抑止力になる。少なくとも、言った言わないの水掛け論にはならない。

    支払いは否応なしに引き落としが掛かる。「待ってくれ」は基本的にできない。信用取引に関わってくるからだ。だからこそ、こちらも信用を守るために、事前の委託契約を行い、それを反故にする輩には徹底抗戦をする

    イロイロやっていれば、、、いやイロイロやれていれば いろんなものがくっ付いてきてしまう 個人だから、、、と軽く見る輩もそのくっ付いてくるものの一つな訳で、、、ある意味勲章のようなものだ

    そう思い今まで歩んできた これからも自分しか救えない人を一人でも助けるために つまらない輩を振りほどきながら前に進みたい

    well being それではまた!!


    青春のリンクに残した借金と、笑顔で迎えてくれた後輩たちの物語

    35年越しの後悔と感謝 〜大学アイスホッケークラブの後輩たちへ〜

    先日、大学時代のアイスホッケークラブの後輩たちと久しぶりに交流会を開いた。あれからもう35年。顔ぶれは変わらず、笑い声も当時のまま。懐かしい話に花が咲き、あの頃の熱気が一瞬で蘇った。

    だが、楽しい時間の中で、ずっと心に引っかかっていたことがある。それは、部費の滞納についての後悔だ。

    アイスホッケーという競技は、プレーするためにスケートリンクを貸し切る訳だが、、、その費用は膨大で、、、それを分かっていて代々の先輩たちは、リンク代や部費を滞納したまま卒業していった無責任な輩ばかりだった

    そのツケが、我々の代に一気にのしかかってきた。滞納額は100万円をゆうに超えていて、、、お先真っ暗だった。

    練習回数を減らし、バイトに明け暮れ、それでも足りず、後輩たちにも「仕方がないから払ってくれ」と頼んでしまった。いや、「仕方がない」わけがない。先に卒業していった者たちに返させればよかっただけの話だ。それを怠り、後輩たちにも苦労を背負わせてしまった。

    その自責の念は、35年経った今でも消えることはない。

    そんなこんなで、35年ぶりに再会した後輩たち。あの頃のことを話すと、彼らは「そんなこともありましたかねぇ」と笑って受け流してくれた。こちらの戸惑いも、彼らの笑顔が少しずつ溶かしてくれた。

    あの時、何も言わずに支えてくれた後輩たち。今も変わらず、温かく迎えてくれる彼らに、心から感謝している。

    35年という歳月が経っても、心に残る後悔がある。だが、それと同時に、新しい絆が今出来たようで、、、これからしっかり想いを伝えていきたいと思う

    well being それではまた!!


    会議は手段、実行が目的──コンサルタントとしての「準備」の哲学

    契約先との打ち合わせや課題整理を、彼らが就業する前に渡すようにしている、、、
    それは、単なる親切ではなく、コンサルタントとしての責任だと思っている。

    業務に入る前に情報が整理されていれば、相手は迷わず、効率的に動ける。
    その準備があるかないかで、初動の質がまるで違ってくるのだ
    そして何より、会議(MTG)は「目的」ではなく、、、
    それは、実行のための「手段」にすぎない。

    会議で話した、共有した、やった感が出た──それで終わってしまうことが、どれほど多いだろう。
    その場で満足してしまうのではなく、次のアクションにどうつなげるか。
    そこにこそ、コンサルの価値がある。

    また、いきなり現れて「こうしてください」と言われても、体系的に理解されることは少ない。
    だからこそ、訪問日と訪問日の間に、しっかりとタスクを整理して送っている。
    それは相手のためでもあり、自分自身の思考整理にもなる。

    コンサルタントは、相手の業務を支える存在であると同時に、自分の働き方も自律的に設計できる存在だ。
    個人事業主である自分は、いつでも仕事ができるし、終わったらやめることもできる。
    だからこそ、先にやる。早めに動く。
    そして、早めに休む。
    このリズムが、自分にとっての最適な働き方だ。

    「準備」とは、相手のためであり、自分のためでもある。
    それは、信頼を築く第一歩であり、実行を支える土台でもある。
    コンサルタントとしての本質は、そこにあると感じている。

    well being それではまた!!

    🍽 コンビニ専科からの脱却──「食べること」が自分を取り戻す時間だった

    先日、ビジネスパートナーに紹介してもらったお店でランチをしてみた。
    それは、久しぶりに「ランチ」という行事を、ただの栄養補給ではなく、ひとつの体験として味わった時間だった。

    最近の自分は、ほぼセブンイレブン専科、、、
    移動の合間にサッと食べられる、味もいつも安定していて失敗がない。
    そんな合理性と安心感にすっかり慣れてしまい、ランチは「作業の合間に済ませるもの」になっていた。
    味わうことよりも、効率を優先していたのだ。

    しかし、紹介されたお店でのランチは違った。
    丁寧に盛り付けられた料理、落ち着いた空間、そして誰かと一緒に食卓を囲むという時間、、、
    そのすべてが、忘れていた感覚を呼び起こしてくれた。

    われわれの細胞は、食べたもので蘇生され、つくられている。
    食事は、身体を養うだけでなく、精神を整える行為でもある。
    「何を食べるか」は「どう生きるか」に直結しているのだと、改めて感じた。

    コンサルは何よりも自分が心身ともに元気である必要があるのだ だからこそゼロイチが作れるのだ 

    忙しさの中で、つい後回しにしてしまう「食べること」。
    けれど、そこには自分を取り戻すヒントがある。
    食事は、日々の営みの中で最も身近な「セルフケア」なのかもしれない。

    well being それではまた!!